鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争

さてマケドニア共和国である。旧ユーゴスラビアを構成する一国であったこの国、映画界では余り目立たない存在だ。この国から巣立った有名監督には「ビフォア・ザ・レイン」の監督ミルチョ・マンチェフスキがいるが、正直言って他には全く思いつかない。今回はそんなマケドニア共和国から現れた期待の新人監督Izer Aliuによるデビュー長編“Hunting Flies”を紹介していこう。

Izer Aliuは1982年マケドニアに生まれた。子供の頃にノルウェーへと移住し、ノルウェー映画学校で映画について学ぶこととなる。2012年には羊飼いの少年が逃げ出した羊を探すという内容の短編"Å vokte fjellet"を製作し、ノルウェーアカデミー賞であるアマンダ賞で短編作品賞を獲得する。更に2014年にはオスロに生きるアルバニア人不法移民の姿を描く"Det gode livet, der borte"を手掛け、パームスプリング映画祭で短編賞を勝ち取った。そして2016年には初の長編監督作"Hunting Flies"を完成させる。

今作の主人公はサドリという、アルバニア人の田舎町(マケドニアの人口の30%はアルバニア人であり、監督自身もアルバニア人である)に住む少年だ。彼はもうすぐで小学校の新学期を迎えようとしていたのだが憂鬱しかなかった。障害を持つ兄のジャメルをお守りしなければならないし、ガキ大将であるアデムが因縁をつけてくるのも最悪。しかし新学期は彼を待ってはくれないのである。

“Hunting Flies”はまずある側面で例えばアッバス・キアロスタミ作品のような子供映画の様相を呈する。サドリは親友であるキブリットと一緒に学校へ向かう途中、案の定アデムに捕まり、幼稚なおっかけっこが幕を開ける。それを何とか乗り越えても、教室では唾飛ばし戦争が繰り広げられ、息つく暇もない。とはいえ端から見るとその光景は何とも微笑ましく、Roy Westadによるマケドニアの軽快な伝統音楽も相まって心が躍るような感覚に満ち溢れている。

そんな中で現れるもう1人の主人公がガニ(Burhan Amiti、脚本も兼任)、彼は高校の教師だったが新政府が樹立したことで、職を失う危機に直面している。新任の校長や同僚教師たちはそんなガニに対して冷淡な目を向けるばかり。そしてガニはサドリたちのクラスの担任になるが、初日から携帯を破壊され怒り心頭、彼らを教育しようと決意を固める。

携帯を壊した犯人探しがガニの手によって“社会とは何ぞや?”という授業に変わっていくごとに、今作もまた学校映画としての側面を獲得していく。各自自由に“社会”という言葉の意味を説明させたり、互いをいかに信じるかを模索していったりと、表面上は犯人探しから遠ざかるように思えながら、その実彼の教えは子供たちの心を塗り替えていく。

だがその変化には教育の二面性が否応なく反映されることになる。子供たちは社会を構成する要素を学びとっていくことで、互いに対する思いやりなどを育むうち、個性を見つけ出していく。だが個性が成長すると教師側に不利益が生じ始める。最初は自分の教えによって子供たちが正しい道を歩んでいると思えたガニだが、個性に抑えが効かなくなるにつれ、言うことを聞かないガキどもへの怒りばかりが募り始め、彼は強権的な性格を露にすることとなる。

監督であるAliuはそんな光景にマケドニアの現状をもダブらせてみせる。例えばサドリの境遇だ。彼の父親はトマト売りなのだが、昔は政治家として威光を放つ存在だった。それが先の紛争によって身を落としてしまう訳だが、そんな父親の存在がアデムたちとの軋轢を生む原因の1つだということがほのめかされている。紛争はミクロレベルでまだ終結していないのである。

更には劇中においてある人物がこんな言葉を語る、学校で学べることなんかに価値はない!この言葉には学校や教師に対する深い不信感が滲み出しているが、それにはマケドニアの上に立つ党の存在が密接に関わってくる。劇中にも党から送られてきた新任の校長が登場するのだが、彼自身ロクなことはしないし、教師陣も喧嘩腰で食ってかかるばかり。つまり教育においては信じるに足る物がどこにも存在していない。それがマケドニアの問題として提示されるのだ。

そういう意味でガニの熱意は切実なもので有りうる。教えることに対して大いなる理想を抱きながらも、それを達成できる場所はどこにも存在しない。度重なる挫折に鬱屈ばかりが溜まる中で、突如降って湧いてきた機会に彼は全力投球で挑む。だがマケドニアの悪しき現状と言うことを聞かないガキ共に板挟みになってしまうことで、理想主義は簡単に狂気へと傾く。そうして暴君の誕生が繰り広げられる様は、一国を牛耳る独裁者の誕生を目撃するかのような不気味さを誇っている。

“Hunting Flies”は子供映画や学校映画という枠組みを使って、観る者に学校という場/教師という存在に再考を促すような作品だ。それらはなくて/居なくていけない訳ではないのだが、一歩間違えればたやすく権威的存在と化し、脅威をもたらすこととなる。一体そうならないための均衡はどこにあるのか、その答えは簡単には出せるはずもないのである。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
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その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
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その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
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