鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

はてなダイアリーのサービスが終了ということで、はてなブログで鉄腸野郎Z-SQUAD!改め鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!へ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。

Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像

さてジョージア映画である。最近話題となっているのが、このブログでも紹介したナナ・エクチミシヴィリ(ブログ記事読んでね)による第2長編"My Happy Family"だ。3世代同居で家族の些事に負われ続ける女性が、一人で生きることを決意したことから巻き起こる悲喜こもごもを描き出した作品で、香港やシアトル国際映画祭などで作品賞を獲得するなど高い評価を獲得している。さてそんな中で、更なる新人作家も現れ始めている訳なのだが、今回はそんな新鋭の1人であるAna Urushadzeと彼女のデビュー長編"Scary Mother"を紹介していこう。

今作の主人公は50歳の専業主婦マナナ(Nato Murvanidze)、彼女は夫のアンリ(Dimitri Tatishvili)や3人の子供たちと共にジョージアの首都であるトビリシのマンションに住んでいた。家族という存在に身を捧げる献身的な主婦として生活してきたマナナだが、彼女には小説家になるという今までずっと心に秘めていた夢があった。

まず“Scary Mother”はマナナの鬱屈した日常の風景を積み重ねていく。彼女は朝早くに起きて家事を開始する。靴を履いて外に買い物へと赴き、隣人と他愛ない会話を交わした後には家へと戻り、未だ眠り続ける夫たちの部屋から洗濯物を集めていく。それは表面上ただの日常だ。しかし濃厚に滲み渡る影は何か不穏な予感を私たちに語る。

この日はいつもと違う出来事が起ころうとしていた。マナナが苦心の末に小説を完成させ、家族の前で朗読することになっていたのだ。夫は彼女が小説を書くこと自体にいい顔をしない一方で、懇意にしている文房具屋のオーナー・ヌクリ(Ramaz Ioseliani)は作品を傑作と呼んで憚らない。そして家族とヌクリがリビングに集まり、朗読の時間が始まる。

物語を描き出す監督の手捌きは凄まじく不穏だが、朗読場面は正にそれを象徴するようなシークエンスだ。椅子に座った彼女は原稿を見ながら、朗読を始める。その内容は赤裸々な性描写と家族への憎悪に満ちていた。まるで機銃掃射のように言葉が放たれる中、カメラがゆっくりと引いていくと、周りに座って苦々しい顔を浮かべるアンリたちとヌクリの姿が映る。その配置は宗教画を思わせる荘厳さを湛えながら、感情が激発する時が近づいていると私たちは悟るだろう。この異様な緊張感が、いわば作品の核として存在しているのだ。

この朗読を機に家族との決裂を果たしたマナナは、文房具屋の一室を根城として心を彷徨わせることになるのだが、撮影監督○が紡ぐ彼女の彷徨は荒涼たる有り様を見せる。陸の孤島のような佇まいをしたコンクリート色のアパート群、生気を刈り取られた街路、凍てついた白を瞬かせる雪の欠片、そんな寒々しい世界を徘徊しながら彼女は文章を練り続ける。思いついた文は腕の皮膚に直接書き取っていくゆえ、マナナはどんどん汚れていく。

そんなマナナを演じるのはジョージアでは著名な俳優Nato Murvanidzeだが、神経質な身体の震えと視線の揺らぎが、おぞましい狂気へと傾いていく様は圧巻としか言い様のない生々しさを誇っている。そして彼女が静かに狂っていく姿は例えばカサヴェテスの「こわれゆく女」やズラウスキーの「ポゼッション」などの諸作を彷彿とさせる鮮烈さを誇っている。

そんな彼女の姿と共鳴しあう1つの要素は息詰まる空間性に他ならない。序盤はアパートが主要な舞台となるが、そこに家族の団欒や解放感は微塵も存在していない。薄暗い影が空間を満たし、常に閉所恐怖的な感触が物語には宿っている。それは正に彼女の精神そのものが監獄に囚われていることを意味していると言えるだろう。それはKonstantin Esadzeによるパンやブレの一切ない地に堅く根を張った撮影を源としており、この意味ではシャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン」をも想起させる。後述する要素を以て言えば今作はアケルマンが監督した「ポゼッション」と呼ぶことも出来るだろう。

そして“Scary Mother”は、それら不吉な要素の源を家族という名の呪いに求めることとなる。夫のアンリはマナナの作品を恥さらしな物と断じ、燃やし尽くすことで彼女を牢獄へと繋ぎ止めようとする。更に翻訳家である父との関係性がマナナの人生に影を投げかけていることも、また劇中では仄めかされていく。そうして男たちに、言い換えるならば家父長制に抑圧されるマナナはマナナンガルというフィリピンの怪物を夢見る。夜な夜な妊婦の血を吸って生きるという怪物を、心の中で求めている。そうでなければ家族という呪いから逃れることなど無理なのだと言うように。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
その190 Rachel Lang&"Pour toi je ferai bataille"/アナという名の人生の軌跡
その191 Argyris Papadimitropoulos&"Suntan"/アンタ、ペニスついてんの?まだ勃起すんの?
その192 Sébastien Laudenbach&"La jeune fille sans mains"/昔々の、手のない娘の物語
その193 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!
その194 ミリャナ・カラノヴィッチ&"Dobra žena"/セルビア、老いていくこの体を抱きしめる
その195 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その196 ナヌーク・レオポルド&"Boven is het stil"/肉体も愛も静寂の中で老いていく
その197 クレベール・メンドンサ・フィリオ&「アクエリアス」/あの暖かな記憶と、この老いゆく身体と共に
その198 Rachel Lang&"Baden Baden"/26歳、人生のスタートラインに立つ
その199 ハナ・ユシッチ&「私に構わないで」/みんな嫌い だけど好きで やっぱり嫌い
その200 アドリアン・シタル&「フィクサー」/真実と痛み、倫理の一線
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
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その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
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その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
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その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
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その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
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その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
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その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
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その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
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その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
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その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
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