鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に

ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
ライ・ルッソ=ヤングの略歴および前作についてはこの記事参照。

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。私たちを構成する感覚の中で映画と最も相性がいいのは当然視覚だろう。スクリーンに映る映像は私たちに臨場感を以て迫り、感動を与えてくれる。だがその傍らには確かに音もまた存在している。爆音、囁き、衝撃、声、それらは時には映像以上に何かを語ってくれる重要なものだ。ライ・ルッソ=ヤングの第3長編“Nobody Walks”はそんな聴覚に訴えかける音を核として、愛の移ろいを描き出した一作と言えるだろう。

音響技師であるピーター(「最高の家族の見つけかた」ジョン・クラシンスキー)はセラピストの妻ジュリー(「エイリアン バスターズ」ローズマリー・デウィット)や娘のコルト(「マルチ・サーカズム」インディラ・エネンガ)たちと、LAはシルバーレイクの平穏な邸宅で何不自由ない生活を送っていた。そんなある日、彼の元にマーティーン(「5時から7時の恋人カンケイ」オリヴィア・サールビー)という若い芸術家がやってくる。ピーターは彼女の映像作品の音響を担当することとなり、束の間の共同生活を始めることになるのだったが……

前作“You Won't Miss Me”から、ヤングの詩的なセンスは更に磨かれていると言ってもいいだろう。撮影監督クリストファー・ブロベルト(“Meeks Cutoff”などを担当)と共に綴る16mmの映像詩は暖かな心地よさに満ちており、視覚だけではなく身体全体をそこへ浸したい思いに駆られるほどだ。彼女はそうして過ぎゆく時を愛おしく捉えていく、その感性はマンブルコア陣の中でも随一だ。

だが今作の主眼はそこにあるのではない。彼女は設定として珍しいピーターの音響技師という職業を利用して、私たちの聴覚へと物語を訴えかけてくる。その中で観客は様々な音の試みを目撃することとなるはずだ。シンセサイザーを使って前衛的な音楽を作ったりするのは勿論、彼は日常の音から新たなる音をも作り上げる。例えば彼が風呂場の壁をそっと触ってみる。するとそこには風のささめきのような音が響いてくる。その鮮やかな変容はまるで魔術のようだ。

劇中、ピーターとマーティーンは録音機に響く音が何かを当てるというゲームを行う。何問かを経た後、彼は録音機をマーティーンの口の近くへ持っていくことになる。そこでは当然彼女の息の音が響き渡りながら、どこか別の音のようにも聞こえる。これは映画が私たちに絶えず提示するものと同じだ。鳥の囀ずり、道路の騒音、プールの波打ち、これらが言葉で説明される以上の別の意味を持っているとヤングたちは語る。そうして私たちの感覚を切り開いていくのだ。

それに呼応するように音楽も私たちの耳に美しく響き渡ることとなる。Fall On Your Swordが担当する劇伴の数々はシューゲイザー系の、音の揺らめきを主体としたものであり、常に安らかな浮遊感を伴っている。それらはまるで私たちが見る全ての光景は白昼夢なのかもしれないとでも言うような感触を画面全体に滲ませていくのだ。

そしてこのたゆたいの中で交錯するのが登場人物たちの愛だ。まずピーターの娘であるコルトは彼のアシスタントをする青年デヴィッドに片想いをしている。だがデヴィッドはマーティーンに対して好意を持っている。そのマーティーンが愛しあうことになる人物が他ならぬピーターなのだ。白昼夢を漂う愛の欠片たちは残酷なまでにすれ違い、運命付けられた破局が歩くような速さで迫ってくる。

この映画の脚本を担当したのはヤングと、そして「Girls」アメリカ中を席巻する存在レナ・ダナムだ。タイ・ウェストの諸作にカメオ出演したり、以前紹介したローレンス・マイケル・リヴァイン“Gabi on the Roof in July”にも出演を果たしている彼女だが、こんな所にもマンブルコアとの繋がりがあったという訳である。ちなみに二人は同じくオーバリン大学出身だが、歳の関係で在学中に会うことはなく、卒業生交流パーティーで会ったらしい。彼女たちの描く風景は表面上、一人の女性がやってきたことから起こる家族の危機という月並みなものではある。しかしダナムの紡ぐ繊細なディテールとヤングの詩的な想像力はこの物語を他とは一線を画する存在に変えていく。

これを支えるのが静かな熱演を見せてくれる俳優陣だが、その中でも特に傑出しているのがマーティーンを演じるオリヴィア・サールビーだ。芸術肌の彼女は気ままな振る舞いで家族に波紋を巻き起こす身勝手なトリックスターのように思われながら、それでいてその実いまだ自分の欲望をコントロールできていないようにも見える。この不安定な自由さが物語それ自体を撹拌していく様は正に魔術的な感触すらも宿っている。

“Nobody Walks”はそんな魔術的、詩的なタッチで以て誰かの人生のいっときを描き出した作品だ。その束の間の時間の中で登場人物たちはそれぞれの危機に直面するが、それらは劇的というより日常に根差した微かな震えだ。それでもプールに浮かぶさざなみがそうであるように、静かな変化の後にも同じ風景はもう戻ってこない。その変化はひどく切ないものだが、それでもそこには希望もまた存在してくれている、色とりどりの響きと共に。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に