鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア

最近は余り聞かれなくなったが、日本で一時期"オレオレ詐欺"という奴が流行った。電話口で孫を騙ってお爺ちゃんお婆ちゃんからお金をせびるあの詐欺である。今回紹介するCyril Schäublin監督作"Dene wos guet geit"は外国にも同じような詐欺があるのだなと思わされる作品なのだが、その驚きが全く別の驚きへと変貌していく異様な作品でもある。

この物語の主人公となるのは20代の女性アリス(Sarah Stauffer)、彼女はコールセンターで延々と営業の電話をかける日々を送っていた。だがそんなアリスには1つの秘密がある。仕事を終えた後、彼女は見も知らぬ老人たちの元へ電話をかけ、自分は孫だと嘘をつき金を盗み出す、いわゆる"オレオレ詐欺"を働いていたのだ。詐欺が何度か成功し金が彼女の元に集まってくる頃、しかし警察が事件を嗅ぎつけ、とある2人の刑事(Nikolai Bosshardt&Fidel Morf)がそれを捜査することとなる。被害者たちやその実の孫、銀行員などに話を聞くうち、彼らは徐々に核心へと近づいていくこととなる。

この粗筋からすると"Dene wos guet geit"は一種の犯罪劇だと思う方も多いかもしれない。だがその予想は大きく外されることになると、私たちは序盤で分かる筈だ。コールセンターで仕事をこなし続けるアリスたち、その顔には濃厚な影がかかり、観る者に不安を覚えさせる。そして被害者の1人が銀行へと赴く姿、物語は彼女の受付での問答を厭味なまでに引きも切らず描き出す。犯罪劇としては余りに均衡を欠いた語りが、しかしこの物語においては重要なのだ。

劇中、登場人物たちは何かを誰かと喋り続ける。その一例として挙げるべきは金についての話題だ。コールセンターでアリスは生命保険を売りつけ、インターネット会社の値引きについて語る。刑事たちもまた何処何処の携帯はヨーロッパ中への通話が無料になるなど車の中で喋る。延々と繰り返される金の話は、聞く者の頭蓋に粘ついた音を響かせていく。この粘つきがアリスを詐欺へと駆り立てたとでもいうように。

そしてもう1つの話題で際立つのが通信についてだ。前述した携帯やインターネットについての会話は勿論のこと、今作ではWifiのパスワードを尋ねる会話が幾度となく反復される。それを反映したかのように刑事たちから名もなき脇役に至るまで、誰もがスマートフォンの画面に視線を落としているのだ。少し前"El auge del humano"の記事において、タオ・リンという小説家がスマホに視線を乗っ取られた人々を"うつむき世代(Facedown Generation)"と皮肉ったが、今作に登場する人々も正にそれだ。その姿はスマートフォンによって視線を管理されているという印象を私たちに与える。

このように今作において顕著なのが、特にテクノロジーによる人間たちの分断と管理の光景だ。管理されているのは視線に限らない。例えば公園を散策するにも人々は機械に指紋認証を求められ、道を歩いているだけでIDカードを求められる。そしてそれと同時に監督はチューリッヒの街並みに溢れる武装警官たちをも見つめる。黒を身にまといながら通りに立ち、人々を次々と検査していく姿は余りにも異様だ(そんな彼らもスマホによって視線を管理されている)こうして社会によって人々が管理されている状況が日常に深く根ざしてしまっていると、そんな現在を本作は強く見据えているのだ。

この監督の洞察を力強いものに変えるのが、Silvan Hillmannによる撮影だ。彼の眼はまるで監視カメラのように風景や登場人物を見据えるのだが、ここには彼独自の凍てついた美学がある。Hillmannは画面の端に人物を小さく配置した以外は、壁や道路などの無機物によって画面を覆い尽くす。そしてカメラは微動すらさせず、人物と無機物が異様なバランスで浮かび上がる風景を静かに焼きつけ続ける。そこには動物的な熱が宿ることはなく、ただ無機質な冷やかさだけが存在する。こうして監督とHillmanは現代のチューリッヒを不気味な管理社会へと変えてしまうのだ。

終盤、アリスとある人物が歩道で会話を繰り広げる場面がある。Hillmannの監視カメラ的眼差しは上述したフレーミングで以て彼らの姿を捉えていくが、そこで目を引くのは道路を走る車の群れだ。2列になった道路を同じような風体をした黒い車たち、そして同じような風体をした白い車たちが延々とアリスたちを横切っていく。これがただただ繰り返される情景に観客はゾッとする感覚を覚えることになるかもしれない。"Dene wos guet geit"の核となる感覚は正にその感覚だ。それこそが今作の提示する現代という名のディストピアなのだ。

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その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
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