鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……

いわゆるPOV映画という奴は数多くあるがどこもこれもダメダメな作品ばかりだ。手振れカメラがグラグラ揺れるだけの奴に、最後の最後まで怪物出すのを勿体ぶる奴、いきがった若者がぺちゃくちゃ喋ってばっかの奴にと挙げればキリがない。そんな中で米インディー映画界のスター兄弟であるデュプラス兄弟が2014年に製作したホラー作品「クリープ」は一際異彩を放つ存在だった。とある映像作家が新聞広告に惹かれ山奥のコテージに赴き余りにもキモいオッサンと遭遇してしまう本作は、POVという演出によって怖さキモさが増幅する、正に内容と形式が合致するお手本のような作品だった。

実はこの作品のレビューを昔書いたのだが、データがぶっ飛んでどっかに行ってしまった。そんな私を嘲笑うかのように、この2017年に続編である“Creep 2”が完成してしまった。1を紹介していないのは心苦しいが、ネットフリックスで絶賛配信中なので気になる人はそれを見てもらって、ここではパトリック・ブライス監督作の“Creep 2”を紹介していくことにしよう。

さて、前作から幾らかの時が経った今、アーロンと名前を変えたあの殺人鬼(ゼロ・ダーク・サーティ」マーク・デュプラス)は殺戮を続け、その場面を撮影し続けるという変態的行為に耽っていた。しかしある悩みが持ち上がり始める。最初は楽しいから人を殺しまくっていたはずなのに、それがいつしかルーティン化して、楽しみを感じられなくなってしまったのだ。そうして倦怠感を抱くアーロンは自分の存在意義に苦悩することとなる。

そんなある日彼の前に現れたのがサラ(「ハンパな私じゃダメかしら?」デジリー・アッカヴァン)という女性だ。彼女は売れないドキュメンタリー作家で、新聞広告を載せている人の元に押しかけて、その出会いの一部始終を自分の作品にするというミランダ・ジュライ気取りの映画製作をしていた。そして広告に惹かれてやってきた彼女の前で、アーロンは言う。俺は連続殺人鬼なのさ、と。

そうして2人は出会う訳だが、ここから始まるのは頗る奇妙なドキュメンタリー製作だ。フランシス・フォード・コッポラの言葉を引用しながら、殺人者である自分の生きる意味を再び見つけるために作品を撮りたいとアーロンは主張する。それを信じさせるため、彼はサラに自分で撮ったスナッフ動画を見せたり、2人の間にある壁を取り払いたいと全裸になったり、完全にヤバい。だがこの完全なるヤバさはサラにとって魅力的に過ぎる被写体であり、カメラ片手に作品製作が幕を開ける。

振り返ると「クリープ」前作はホラー寄りだったと言える。冒頭から顕著な驚かし描写で観客にショックを与え、男の底知れない存在感は彼らに生理的な嫌悪感を与えるとそんな作りが印象的だった。それを考えると今回はコメディ方面に舵を切ったと言うべきだろう。前作の主人公アーロン(名前が同じなのはある理由から偶然ではない)は男の行動にいちいち驚きまくっていたが、サラは違う。驚かされても微動だにせず、カメラを常に回し続ける。予想外の展開に苦笑いを浮かべるアーロンの姿は、惨めさへの笑いを誘う。この笑いが予告するように、ドキュメンタリー撮影でも一筋縄では行かない珍道中が繰り広げられることになるのだ。

しかしアーロンとサラの関係が密なものになるにつれて、どこか微妙な雰囲気が醸造され始める。サラは奇矯な行動に出まくるアーロンの中に理由の伺い知れない悲しみを見出だして、親愛の情を抱き始める。それでいてその行動や悲しみの全てが演じられた偽りであるかもしれないとの疑いも捨てきれない。監督のブライスはこの親愛と疑心へのふらつきをPOVという演出で生々しく捉えていく。そして被写体であるアーロンはそのふらつきを一心に受けながら、だんだんとサラを巻き込んで暴走を始める。

この流れにも関連するが、前作には1つの大きなテーマがあった。それは愛である。正確に言えば初めて誰かに恋をした時の心模様が「クリープ」には刻まれているのだ。相手に気に入られたいから色々頑張るけど全てが空回っていく光景、どこまで距離を詰めていいのか分からずプライベートな領域に土足で踏み込んでしまう失敗、そういうものを「クリープ」は描いていた。だが青春もので見られるそういった描写を、本作はホラー映画として解釈している故に、作品には恋の甘酸っぱさの先にある危うさ気持ち悪さが全面に押し出されている。「クリープ」はネットフリックスで配信中なので、観てもらえば意味は分かってもらえると思う。

さて“Creep 2”にもその要素が引き継がれている訳だが、前作のアーロンがただのヘタレで殺人鬼の恋パワーに成す術もなく呑み込まれていったのに対して、今回は違う。今作の愛のお相手サラを演じるのはデジリー・アッカヴァン、このブログでも紹介したテン年代の米ロマコメを代表する一作「ハンパな私じゃダメかしら?」の監督兼主演の新鋭であり、愛についての経験は折り紙つきである。その胆力で以てホラー映画の皮を被ったキモい恋パワーに立ち向かっていく様は力強い。例えば「サプライズ」などの逆に殺人鬼をボコりにかかる女性たちの系譜の先に彼女はいるとも言えるかもしれない。

だが“Creep 2”のテーマはそこにあるのではない。それを語るにあたっては希代の殺人鬼を演じるマーク・デュプラスにご登場願う必要がある。今回の彼は“俺は殺人鬼だ!”と言うかと思えば、ドキュメンタリー撮影の難しさに根をあげ“俺、本当は殺人鬼じゃないんだよ”と弱音を吐くかと思えば……という、自分が一体何者か自分で分かっていないような、情緒不安定男を怪演している。つまり彼は前作でキモさを突き抜けさせることで新境地を開拓しながら、今作では他作品でいつもやっているような中年男を演じているのだ。そしてそれは意図的なものだろう。何故なら今作のテーマは正に“中年の危機”なのだから。

今まで曲がりなりにも自分の信じた道を生きてきた。しかし中年に差し掛かってくると、自分の今やってることがルーティン作業のように思えて、楽しみも感じられなくなる。そうなると誇りに思うべき過去も無駄なものとしか思えなくなり、自分の生きる意味すら見失ってしまう。これから自分は一体どうすればいいんだろう。デュプラス兄弟はこの“中年の危機”というべき代物を自身の監督作、プロデュース作において何度も何度も描き出してきた。“Creep 2”も正にその系譜に位置する作品でありながら、1つの大きな違いがある。それはいつも彼らが描くのは市井の人々であったのが、今回は恐ろしき連続殺人鬼だということだ。マーク・デュプラスはこの中年の危機を殺人への倦怠感に重ね合わせることで、彼のフィルモグラフィで最も奇妙なコメディホラーを作り上げたと言えるだろう。そして実はこの「クリープ」シリーズ、三部作の予定らしく、掉尾を飾る“Creep 3”の完成が大いに待たれるところである。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&"Tower"/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&"Hunter Gatherer"/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩