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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係

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アンドリュー・バジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
アンドリュー・バジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
アンドリュー・バジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
ジャルスキー監督の略歴、および長編作品についてはこの記事を参照

ジャルスキーはマンブルコアという括りが余り好きではないようだ。というか、まあ自身の作品の数々を1つの言葉に矮小化させられるのは誰だって嫌だろう(その1つの言葉にこだわって記事を書きまくってる私は何なんだ?という感じだが)彼の場合、前作の“Computer Chess”は明らかにマンブルコアという括りから逃れようとした痕跡が見られる奇妙な1作だった。そしてその流れは更に続く。ここで彼は何を捨て去ったのか。彼は素人俳優に背を向け、プロの俳優と映画を作ることを選んだのだ。そうして完成した第5長編“Results” aka「成果」(邦題が酷すぎる)は最もメインストリームに近づいた作品でありながら、“Computer Chess”すら越えてバジャルスキー史上最も奇妙な作品ともなった。

今作の主人公はダニー(「Fカップの憂うつ」ケヴィン・コリガン)という中年男性だ。妻との離婚という不幸に見舞われながら、その直後母親の莫大な遺産を相続するという幸運にも見舞われたのだが、彼は虚無的な面持ちでその金を浪費し続けていた。ある時彼はフラッとジムへと赴き、身体を鍛えたいと申し出る。“殴られても、それを受け止める男になりたいんだ” そうして出会ったのがジムのリーダーであるトレヴァー(「あなたとのキスまでの距離」ガイ・ピアース)とジムに所属するトレーナーの1人であるキャット(「ママと恋に落ちるまで」コビー・スマルダース)だった。

私たちはまずダニーという男の奇妙な行動の数々を目撃することとなる。ジムの代金を2年一括払いで支払い自宅でキャットと筋トレに励む彼は、しかし真面目なのか不真面目なのかよく分からない。ちゃんとスクワットしていたかと思えばキャットのお尻を凝視し始めたり、モンティパイソンについて語ったり、トレーニングすると言いながら何の躊躇もなくピザを喰いだす。挙げ句の果てには、ジムのPVに映るスクワット中のキャットのお尻をデカいスクリーンに映すため、真夜中に電気屋を呼んでパソコンとTVを繋げさせる始末だ。

だが物語が進むにつれ、ダニーだけではなくトレヴァーもキャットもどこか変な人間だと分かってくる。トレヴァーはジムの拡大を目指す典型的な筋トレ崇拝野郎で、新しいジムの建設予定地で瞑想/妄想をしてジューススタンドを作り出してしまうスピリチュアル野郎でもある。キャットはとにかくジムの仕事に命を懸けていて、月会費滞納中の主婦の車に体当たりしたり、同僚を差し置いてとにかく仕事がしたいとダニーの担当を横取りしたりと、妙に押しが強い。

今作はそんな奇妙な3人による奇妙な三角関係を描いた作品と表現してもいいだろう。お尻への凝視から伺える通りダニーはキャットに惹かれ、ひょんなことからセックスにまでもつれ込む。だが調子に乗って彼女のために自宅でサプライズパーティーを開くと、彼女は“アンタは一線を越えた”とブチ切れられてチャンスを失ってしまう。そんなキャットは昔トレヴァーと恋人関係だったらしく今でも何やかんやでセックスしたりするが、その関係性はなあなあで良く分からない。この三角関係はダイナミックにブッ壊れることもあれば、微妙なバランスで保たれている部分もあったり、かなり不思議な関係性が広がっていると言える。

思えばバジャルスキーは初期作から何度も三角関係のダイナミクスを物語の中心に据えてきた。デビュー作“Funny Ha Ha”は2人の男の間をプラップラと彷徨い続ける女性の姿を描いた作品であり、第2長編“Mutual Appreciation”は親友の恋人に想いを抱いてしまう主人公たちの三角関係が軸であったし、第3長編“Beeswax”も双子と片方の元彼だった男性の三角関係は作品を構成する大きな要素となっている。バジャルスキーは例外的にその要素に欠けた“Computer Chess”(3P未遂はあったが)を経て、また三角関係のダイナミクスに立ち戻ってきたという訳である。

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今作においてその三角関係という関係性を支えるのが肉体性というべき代物である。スポーツジムに関わる人々が中心人物なのだから当然と言えば当然だが、トレヴァーとキャットの2人は(時々ダニーも)ストイックに身体を鍛え続ける。かと言ってそれで精神が鍛えられるかと言えば真逆である。彼らはむしろ鍛えるごとに関係性の罠に嵌まり、物語は無駄に複雑化していく。

何度も書いてきているが、マンブルコアにおいて肉体性はとても重要な要素の1つだ。私の身体は私が語るという精神で以て、彼らはハリウッド俳優とは全く違う自分自身のだらしない身体をさらけ出して、そのだらしなさこそを物語のギミックとして昇華してきた(例えばセックスやオナニー、濡れ場撮影など)だが今回現れる身体はどちらかと言えばだらしないとは真逆の鍛え抜かれた身体ばかりが出てくると、指摘するかもしれない。だが自分自身の身体をさらけ出している意味では2つは共通しており、そして身体へのこだわりが先述の通り事態を複雑化させている意味で正にマンブルコアの常道を行っていると言っても過言ではないのだ。

さて、それにはもちろんさらけ出す身体を持った俳優たちがまた重要となるが、彼らは当然のように素晴らしい。ダニーを演じるケヴィン・コリガンは中年太りの身体を観客に見せつけながら、虚無的な中年男性をダウナーに演じきっている。そしてキャットを演じるコビー・スマルダースはそのスポーティーな身体を躍動させながら、情緒不安定で行動が全く読めない物語におけるトリックスター役を嬉々として演じている。だが最も印象的なのはトレヴァー演じるガイ・ピアースだ。彼は元ボディビルダーという異色の経歴を持つのだが、その経験をこれほど生かしきった役柄は今までになかっただろう。そのしなやかな肉体を思う存分晒し、天井を使った驚異の筋トレまで披露してくれる。彼は先述した肉体性を最も体現する人物であり、存在感に一番説得力があるのだ。

その他の出演陣としてはダニーと友人になる弁護士役に名脇役としてお馴染みジョヴァンニ・リビシトレヴァーと懇ろになる不動産アドバイザー役はドラマUnREALで活躍するコンスタンス・ジマートレヴァーの尊敬するトレーナー役には「ブレックファスト・クラブ」アンソニー・マイケル・ホール、彼の妻役はバトルシップのヒロインを演じたブルックリン・デッカーなど、主役から脇役まで有名俳優を多く配置しているのだ。“俳優は監督の友達かその友達の友達、もしくは自身の家族”というマンブルコアの大前提を嘲笑うかのようなキャスティングという訳である。おそらくこのキャスティングに最も顕著だが、今作においてはマンブルコア性とアンチマンブルコア性が激しく衝突しているのだ。であるなら、筆者である私はこの“Results”をマンブルコアと言うのか否か。答えはYesでありNoである。

“Results”はその精神性ーーつまりは関係性と肉体性を深く重んじているという意味で、正にマンブルコア以外の何物でもないい1作だ。バジャルスキーはマンブルコアと一体化し“Mutual Appreciation”以来最もマンブルコア的な作品を作り上げたという訳だ。だがしかしそこに限界まで肉薄したことによって、今作は真の意味で“マンブルコアの1本”ではなく“アンドリュー・バジャルスキー監督作”へと達することが出来た記念すべき作品と言える。それは今までのバジャルスキーの作品、つまりマンブルコアを代表すると言われる作品を比べれば分かる。まず描き出す物の範囲外がもう全く違う。最初に描いていた世界は主人公の半径5mの世界だが、今作では移動距離や人生のスケールなど含め半径5mなんかではない。演出自体も全く異なっている。初期は禅問答的な長回しが連続するものだったが、今作は細かいカット割りにディゾルブ、アイリス・インなど自由自在に映画技法を駆使している。それはバジャルスキーがマンブルコアの精神性をバジャルスキーという作家性へと昇華させたということの証左でもあるだろう。

そして、それは観客や批評家の反応からも証明されている。あれだけマンブルコアと連呼していた批評家たちの中の1人が、こんな題名の記事を書いたのだ。“マンブルコアという言葉が生まれて10年が経った。もう使うのは止めにしない?” そうして2015年、マンブルコアという1つの時代は幕を閉じ、作家たちはそれぞれの道を歩み始めるのである。

ちなみに今作は日本でも観られる数少ないバジャルスキー映画の1本である。現在Netflixで好評配信中なのだが、先にも書いた通り邦題は「成果」である。原題の直訳である。その安直さには、初めてその事実を知った時腰から力が抜ける勢いであったが、まあ日本語字幕つきで本作を観られるだけ有難いと思い直したものだ。ということで日本の皆さんにもマンブルコアの精神を継承したバジャルスキー映画が観られるので、是非とも観て欲しい訳である。

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結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
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その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
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その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
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その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
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その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
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その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
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その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
その69 アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
その70 アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係