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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは

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リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
リン・シェルトンの経歴および長編作についてはこちらの記事参照

“Laggies” aka「アラサー女子の恋愛事情」を撮影後、リン・シェルトンは本格的にテレビ界での活動を開始することになる。例えばアジア系の一家が主人公であるコメディ“Fresh Off the Boatに、同じマンブルコア作家ジョー・スワンバーグも関わったジャド・アパトーがクリエイターを務めるドラメディ作品「Love」に、コメディアンでラジオ司会者としても有名なマーク・マロンが主演の“Maron”や彼が重要な人物を演じる「GLOW」などなど、様々な作品でエピソード監督として活躍する。映画製作とはまた違う環境の中で職人監督として重宝されてきた彼女だったが、前作から3年が経った2017年にドラマ界での経験を生かしながら、待望の映画作品“Outside In” aka「不都合な自由」を完成させることになる。

今作の主人公は2人存在している。まず1人がクリス(「24時間ずっとLOVE」ジェイ・デュプラス)という男、彼は高校生の頃に殺人を犯して長い間刑務所で人生を過ごしてきたが、20年越しに釈放された彼は故郷へと戻り、弟であるテッド(「あなたを見送る7日間」ベン・シュワルツ)たち家族の元へと帰ってくる。最初は歓待を受けながらも、元犯罪者故に仕事もなく、彼は辛い日々を過ごし続ける。そんな時にクリスが頼れるのはたった1人の女性だけだった。

その女性こそが今作のもう1人の主人公であるキャロル(「サンシャイン・ボーイズ/すてきな相棒」イーディ・ファルコ)という中年女性だった。彼女はクリスの高校での担任教師であり、彼が逮捕された後も早く釈放されるよう;`ずっと奔走していた存在だった。夫であるトム(Charles Leggett)や娘のヒルディ(「いま、輝く時に」ケイトリン・デヴァー)との関係性は余り芳しくない故に、クリスの釈放に彼女は喜びと一種も高揚感を覚えることになる。しかしある日、彼女は自分を呼び出してきたクリスから無理やりキスされ“愛している”と告げられてしまい……

「不都合な自由」はそんな2人の心の彷徨を描き出した作品だ。キャロルは彼に対して好意は抱きながらも、自分には家族がいてしかも元教師と生徒という関係性だったからと感情を抑え込む。その一方でクリスは20年もの間において唯一頼れる相手であったキャロルに対して愛情を抑えきれずに、何度も彼女に迫っていき、その度にやんわりと拒絶され傷ついていく。

注目すべきなのはクリスという人物の造形だ。20年も刑務所にいたという空白のせいで、まともな教育を受けることも出来ず、未だに心も10代のままであり続けている。それ故に彼には友愛と愛情の境目が分からないほどに心は若い。しかしそのおかげか、偶然出会った高校生であるキャロルの娘のヒルディとは友情を深め、対等の関係を築くことができる。

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そんなクリスを演じるのはジェイ・デュプラス、ある意味節操なく作品に出演する弟マーク・デュプラス(シェルトン監督の“Humpday”「ラブ・トライアングル」では主演)とは違って、彼は製作や脚本など主に裏方を担当することが多いが、時には「トランスペアレント」など俳優として活躍することもあり、今作はその一環と言えるだろう。悲哀を湛える濡れた瞳に常時おどおどしたような何処か幼い雰囲気、デュプラスは普通ではない人生を送っているクリスの複雑なパーソナリティを繊細に捉えている。シェルトンと共に今作の脚本も担当しており、キャラクターの作り込みは頗る緻密と言っていいだろう。

もう1つ重要な要素は場所の感覚というべき代物だ。今作はシアトル近くの小さな田舎町が舞台になっているが、ここは透き通った凍てつきに覆われたような町で、活気はなく寂れた雰囲気を常に湛えている。アメリカの精神的停滞を反映したような街並みであり、その風景には孤独がこびりついている。そしてその孤独こそが登場人物たちの心に忍び込んでいくのだ。

そして必然的にクリスとキャロルの心は磁石のように引き合わされていく。2人は一線を越えてしまうのか、それとも後一歩の場所で踏みとどまるのか、そんな曖昧な空気感がサスペンスを呼び込み、私たちの心を乱す。この核となるデュプラスとイーディ・ファルコの化学反応も頗る印象的であり、観客を微妙な機微に満ちた場所へと誘うのだ。

そこでデュプラスから熱演のバトンを渡されるのがファルコだ。ザ・ソプラノズ「ナース・ジャッキー」など主にドラマ界で活躍する彼女だが、当然映画においてもその演技の滋味深さは変わることなく、物語をあるべき道行きへと導いていく。「不都合な自由」は友愛と愛情の区別がつかない男性と彼のそんな感情をどう受け止めていいか分からない女性の、愛についての物語だ。2人のその切ない彷徨に、観る者は彼らの幸せを願わざるを得なくなるだろう。

これ以降も、シェルトンはドラマ界での仕事を続けているが、現在は新作映画を制作中。題名は“Sword of Trust”で、出演俳優は前述の“Maron”「GLOW」に出演のマーク・マロン、シェルトンが同じくエピソード監督を務めたドラマ「カジュアル」の主演カエラ・ワトキンスなどドラマ人脈を駆使したキャストの他、シェルトン自身に「22ジャンプ・ストリート」で強烈な印象を残したジリアン・ベルなどなど注目の人物が勢揃いである。「不都合な自由」が脚本をキチンと執筆したドラマだった故か、今作は以前のスタイルに戻った即興演技主体のコメディ映画になるそうだ。ということでシェルトン監督の今後に期待。

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