鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

リン・シェルトン&"Touchy Feely"/あなたに触れることの痛みと喜び

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20120428183639j:plain

リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち
リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
リン・シェルトンの経歴および長編作についてはこちらの記事参照

この世界で女性が生きていくということ、男性同士の間で紡がれる友情について、2人の女性と1人の男性をめぐる三角関係……リン・シェルトン監督は自身の作品で以て様々なテーマを描き出してきたが、その傍らには他のマンブルコア映画と同じように肉体性とも言うべき要素が併置されてきた。しかし今回紹介するシェルトン監督の第5長編“Touchy Feely”はその肉体性を傍らではなく中心に据えた、初めての作品となっている。

この作品には2人の主人公がいる。まず1人目がアビー(「私だけのハッピー・ウェディング」ローズマリー・デウィット)という中年女性だ。彼女はマッサージ・セラピストとして活躍している人物で、ジェシー(「デッドライン 境界線」スクート・マクネイリー)という恋人と順調だったりと人生も順調だ。だがジェシーと一緒に住もうという提案によって人生の段階が1つ進もうとしていた時に事件が起こる。何の脈絡もなしに感覚が過度に敏感なものとなり、人の肌に拒否反応を起こし触れられなくなってしまったのである。

2人目の主人公はアビーの兄であるポール(ジーサンズ はじめての強盗」ジョシュ・パイス)だ。彼は娘のジェニー(「賢く生きる恋のレシピ」エレン・ペイジ)を助手として歯医者を経営しているのだが、もはや仕事はルーティン作業も同じで情熱も何もかもが消え去り、病院も閑古鳥が鳴くような始末になっていた。しかしその現状に対して危機感を抱いたジェニーが行動を起こしたことから、事態は大きく動き出すこととなる。

冒頭、産毛が静かに揺れる肌に1つの手のひらが触れるという場面がある。この映像と題名が象徴するように“Touchy Feely”は誰かに触れることについて、皮膚感覚についての映画だと表現できる。アビーがマッサージ師として誰かの肌に手を乗せる瞬間、もしくは恋人としてジェシーと唇を重ね合わせる瞬間、そういった他者に触れることの数々がとても繊細に、撮影監督ベンジャミン・カサルキーのカメラに捉えられていく訳である。しかし時に彼はカメラを顕微鏡並に皮膚へと肉薄させることでそこに宿る不気味な側面をも捉えていくのである。

そのコントラストは正に物語そのものにも影響していく。事態がうねりを見せる頃、ポールはブロンウェン(「カウボーイ・ウェイ/荒野のヒーローN.Y.へ行く」アリソン・ジャネイ)という女性と出会う。彼女は精神的なパワーである“Reiki”(つまり日本語の“霊気”である)の使い手であり、それに興味を抱いたポールは彼女に教えを請うことになる。こうして霊気の鍛練を通じて他者に触れる方法を学びとったポールはそれを治療の際にも駆使し、患者たちを癒していく。これが評判を呼び病院はいつにも増して満杯、彼は他人に触れる喜びを知り始めるのだ。

逆にアビーは誰かに触れることの恐ろしさに直面することとなる。触れようとすると嘔吐してしまうほどの拒否反応が出てくる中で、彼女はジェシーにすら触れられなくなり、これがきっかけで2人は離ればなれになってしまう。他者に触れるということは他者の人生をも変えることなのだ。今までもそれは知っていながらも真剣に向き合うことはなかったアビーは、人生が急転しようとしていたこのタイミングで以てその重圧に耐えきれなくなる限界へと辿り着いてしまったのである。

さて前作「ラブ・トライアングル」の時点でその片鱗は見せていたが、今作で監督は大量に有名俳優を起用、形式的にマンブルコアから距離を置こうとする傾向が顕著になっている。前作から続投のデウィットは勿論、この中で最も知名度が高いだろうエレン・ペイジ、知る人ぞ知る曲者俳優スクート・マクネイリー、先日「アイ・トーニャ」でアカデミー助演女優賞を獲得したアリソン・ジャネイ「アドベンチャー・ランドへようこそ」「女性鬼」など脇役としてお馴染みなジョシュ・ペイス、彼らに加えてシンガーソングライターとして活躍する日系アメリカ人のトモ・ナカヤマがジェニーに片想いする青年役で出演、“奇跡”と呼ばれる歌声も披露している。こうした有名俳優陣による巧みな演技のアンサンブルが物語を引き締めると共に、今までのシェルトン作品とはまた違う質感を宿していることは間違いないだろう。

そして監督とアビーは彼らの力を借りて、触れることについての探求を深めていく。その旅路の行き着く先にある思い出に触れた時、アビーは愛おしげに語る。“私の身体とあなたの身体、1つだった時のこと、完全に1つだった時のことを覚えてる”と。この言葉に代表されるように、“Touchy Feely”は誰かに触れることの痛みと喜びを描き出した美しい作品であり得る。こうして肉体性を中心に据えた本作はシェルトン監督にとって1つの区切りになったのだろうか、彼女は次回作においてマンブルコアから離れて、最もメインストリームへと肉薄することとなる。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180912200101j:plain

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
その69 アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
その70 アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係
その71 結局マンブルコアって何だったんだ?(作品リスト付き)
その72 リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
その73 リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
その74 リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち