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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Phuttiphong Aroonpheng&"Manta Ray"/タイ、紡がれる友情と煌めく七色と

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さて、ヴェネチア国際映画祭はメキシコの映画作家アルフォンソ・キュアロンの最新作“Roma”が金獅子賞を獲得したことで、幕を閉じることとなった。だが私が興味あるのはメインのコンペティション部門よりもサイドのオリゾンティ部門である、とは前も言った。なので私は映画配信サイトFestival Scopeでこの部門の作品を片っ端から見ている訳だが、今年オリゾンティ部門で大賞を獲った作品までもここで配信しているのだから驚きである。と来たら観るしかない訳であって、今回紹介するのは正にそのオリゾンティ部門大賞受賞作である、タイから現れた新鋭Phuttiphong Aroonpheng監督作“Manta Ray”だ。

Phuttiphong Aroonphengは1976年タイに生まれた。シラパコーン大学でファイン・アートを、ニューヨークのデジタル映画アカデミーで映画製作について学ぶ。撮影監督としても活躍しており自身の作品と共に、アラブ首長国連邦の作品"Dalafeen"(2014)や東京フィルメックスで上映されたジャッカワーン・ニンタムロン監督によるタイ映画「消失点」(2015)などを手掛けている。

映画監督としては2006年製作の"Going to the Sea"からキャリアが始まり、2011年にはスーパー8で撮影された"A Tale of Heaven"などを手掛けるが、Anoonpheng監督の名前が一躍有名となったのは2015年製作の短編「観覧車」(dTVで現在配信中)だった。ミャンマーからタイへと渡ろうとする難民の親子が辿る不思議な道筋を描いた作品はクレルモン=フェラン映画祭などで上映され、シンガポール国際映画祭では特別賞を受賞するなど広く話題となった。そして2018年には初の長編作品である"Manta Ray"を完成させる。

タイの海辺に位置するとある漁村、そこに住む1人の名もなき若者(Wanlop Rungkamjad)が今作の主人公だ。彼は漁港で働いている漁師であり、海の上に浮かぶ家で独り暮らしている。暇な時は近くの森へとまだ使えそうな廃棄物や宝石の原石などを探しに行っていたのだが、ある時その森で行き倒れている男性を発見し、彼を自身の家へと連れ帰ることとなる。

その男()は隣国であるミャンマーから逃げてきたロヒンギャ難民らしいのだが、彼は一言も喋らない故に詳しいことは全く分からない。若者は男にトンチャイという名前――タイの有名な歌手から取った名前だ――をつけて、傷が治るよう手当てし、その末に同居生活が始まる。

序盤において“Manta Ray”はそんな2人が送る日常を、ダルデンヌ兄弟を彷彿とさせる社会的リアリズムを以て淡々と描き出していく。若者はトンジャンを献身的に介護し、彼はみるみる内に回復していき、一人でも行動できるまでになる。それでも若者は“いたいだけここに住んでていいぞ”と通じるのかも分からない言葉をかけて、蚊帳の中で一緒に眠ったり、バイクで2人乗りをして町まで出掛けるなどその仲を深めていく。

監督は彼らの日常の背景にある漁村の風景も美しく綴っていく。大海原に船で乗り出していき上半身裸で魚を捕っていく漁師たちの勇姿、漁港に犇めきあいながらそれぞれの仕事を成し遂げる人々が醸し出す熱気、人だかりに溢れ白い光に照らされた活気ある町の夜市、そういった風景の数々が丁寧に積み重ねられていくことによって、2人の暮らしにも精緻なリアリティが宿っていく。

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だが本作にあるのはリアリズムだけではない。いや、リアリズムの中に現実を越える美しい詩情が見出だされていくというべきだろうか。雲に半分隠れる太陽に満ちていくのはほのかな郷愁であり、打ち捨てられた海岸線の寂しさは漁村の寂れた未来を予言するようだ。そして2人の挙手挙動にも日常の中にこそ宿るのだろうリリシズムが存在する。物言わぬ男の傍らでタバコを吸う若者の姿には孤独と喜びが混ざりあい、イルミネーションを施した部屋の中で虹色のネオンに包まれながら踊る彼らの姿にはユーモアとペーソスが混ざりあうのだ。

そしてその詩情が呼び込むのは白昼夢的な手触りだ。私たちが目撃するだろう冒頭の不思議な光景や、波のたゆたいをそのまま反映したかのような映像美、その随所で撮影監督出身者らしい映像へのこだわりが感じられるが、この作家性は、例えば近年のタイ映画界を代表する作家アピチャッポン・ウィーラーセタクン(私は余り好きじゃないけど)やアノーチャ・スイッチャーゴーンポン(私はこちらの方が好き、最高)などのそれと近い場所に位置していると言っていいだろう。まるで午後の温もりの中で微睡んだ時に瞬く夢のような触感を持っているとそんな美しい作品群の最先端に、今作はあるのだ。

だが観客は今作を観るうち、何故若者はこんなにも難民の男を甲斐甲斐しく世話するのだろうかと疑問に思うかもしれない。ある時若者は、自分は昔妻と一緒にこの家に住んでいたが彼女はどこぞの男と逃げてしまったと語り始める。見捨てられた故の寂しさが若者をこの行動に突き動かしているのだろうか。しかしそれ以上の感情がここには宿っているような様子にも、観客は気づくだろう。

この作品において印象的なのは、2人が見つめあう姿が幾度となく描かれることだ。先述したダンスの場面、観覧車で向かい合いながら座っている場面、若者が男に対して水への潜り方と呼吸法を教える場面、そんな2つの視線が交錯する場面には濃厚な親密さが満ちることになる。それは友情なのだろうか、それとも愛情なのか。いや、そこには友情とも愛情ともつかない曖昧な感情が存在しているのである。そしてこの感情は2つの情の間を漂い、一体どこへと辿り着くのだろうかという濃密な緊張をも湛えているのだ。

だがこうして描かれる緊張感は、後半において意外な形に捻れていくこととなる。ここから先はネタバレになる故に余り大っぴらに語ることは出来ないが(しかし英語あらすじでは普通にネタをばらしている。私としては読まないことをお薦めしたい)敢えて言うならば、今作は昔から存在するある1つのジャンルを新鮮な形で描き直した上で、予想もしない場所へと観客を連れてゆく作品であると言えるだろう。とはいえそういったギミックが存在せずとも、“Manta Ray”は類い希なヒューマニズムと白昼夢的な眩惑の感覚を持ち合わせた、オリゾンティ部門大賞に相応しい1作であることは間違いない。

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