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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ヴァレスカ・グリーゼバッハ&"Western"/西欧と東欧の交わる大地で

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EUの発展によってますますヨーロッパの境界が緩やかになりながらも、いやだからこそと言うべきか西欧と東欧という地域の交わりを描き出そうとする作品が増えてきている。近年で最も話題になったのはマーレン・アーデ監督作「ありがとう、トニ・エルドマン」だ。今作は父と娘の関係性を描き出すと同時に、西欧(ドイツ)と東欧(ルーマニア)の力関係/権力勾配などを描く作品でもあった(ちなみにこのブログに時々出てくるルーマニア人の友人とその家族にはこの映画とても不評である)さて、そんなアーデ監督、プロデューサーとしてもそんな西欧と東欧の交わりを綴る作品を製作していた。ということで今回はドイツとブルガリアが交わりあう、ヴァレスカ・グリーゼバッハ Valeska Grisebach監督作“Western”を紹介していこう。

マインハルト(Meinhard Neumann)たちドイツ人建設作業員たちは、水力発電所を建てるためにブルガリアの辺境にある風光明媚な田舎町へとやってきた。彼らは故郷でするのと同じように黙々と建設作業に励むのだったが、1つ問題なのは地域住民と言葉が通じないことだった。そんな言語の障壁に直面しながらも、マインハルトらは作業を進めようとする。

まず監督は作業員たちの日常風景を丹念に描き出そうとする。男たちは拠点となる場所にドイツ国旗を立てた後、作業を開始する。単純な肉体労働は勿論のこと、重機を操縦して川を渡ろうとしたり、水道施設を稼働させようとしたりと業務は多岐に亘る。そうして1日の終わりには仲間同士で寄り集まり酒を酌み交わしていく。いわゆるベルリン派と呼ばれるグループに属するグリーゼバッハ監督の演出は、トーマス・アルスランアンゲラ・シャーネレクがそうであるように、余計な装飾は一切加え立てない淡々さを誇っており、素朴の先にある禅的な境地へと辿り着こうとする意思が見て取れる。

そんな彼らとブルガリア人の邂逅はあまり良いものとは言えない。作業員たちが川辺で休憩していると、向こう岸に同じく遊びにきたらしいブルガリア人の女性たちが現れる。その中の一人が泳いでいる途中に帽子を落としてしまうのだが、それを作業員が拾うことになる。彼はすぐに帽子を渡そうとはせずに、女性をからかい始める。それに怒った女性たちは作業員たちを尻目に立ち去ってしまう。これが後にも続く禍根になるとはドイツ人は予想していない。

そんな中でマインハルトだけは積極的にかつ友好的にブルガリア人たちと関わろうとする。青年ヴァンコ(Kevin Bashev)に馬の乗り方を教わったり、仕事を続けるうち出会ったアドリアン(Syuleyman Alilov Letifov)と仲良くなり彼が携わる工事を手助けしたり、時には言葉も通じないながら賭博の輪にも果敢に入っていきまんまと勝利してみせる。表面上は寡黙な中年男性といった風だが、ドイツ人の中では最も好奇心に満ち、異文化を受け入れようとする意気が旺盛な人物という訳だ。

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物語は上述したような緊張感と親しみの間を行き交うような展開を見せる。女性をからかった事件は村中に広まることとなり、住民たちの中にはドイツ人に対して敵愾心を見せる者もいて、状況が一気に張り詰める瞬間がある。その一方で共同体に深く分け入っていくマインハルトはヴァンコの家族に受け入れられて、活気に満ちる宴会に参加、言葉は分からないなりに彼らと打ち解けていく。

ここで印象的なのは撮影監督Bernhard Kellerの映し出す、ブルガリアの勇壮な風景の数々だ。険しい丘陵地帯に深い緑が散らばる様は頗る印象的であり、その険しさの中には崇高なる美すらも見出だすことができる。この崇高さこそが良きことも悪しきことも清濁合わせ飲んだ上で、全てを抱きとめるような應揚さにすら繋がっていることが本作の特徴でもある。

更にそんなマクロ的視点だけでなく、Kellerは人々の動きや表情などミクロ的視点からも物事を印象的に映し出していく。そこで初めに際立つのが肉体の存在だ。男たちは腕を、時には上半身それ自体を露出しながら肉体労働に明け暮れることになる。険しい道を歩む、工事用具を振り上げる、岩を砕く。そういった武骨な動作の数々は、しかしその性質とは裏腹な形で繊細に捉えられていくのだ。また劇中に現れる馬たちが野生を悠然と歩く姿もまた脳裏に焼きつく類いのものであり、ここでは肉体の躍動が重要視されている訳である。こういった描写が積み重なることで、物語は奥行きを増していく。

そしてドイツ人とブルガリア人の間で会話が成り立たないからこそ、彼らの表情に意味が滲み始めるのをカメラは見逃さない。今作に出てくる人物たちはほとんどが素人俳優だが、誰も彼もみな良い面構えをしていて、その顔が様々な感情に揺れ動く様を見るのはそれだけで映画の快楽を味わっているような感覚を覚えるだろう。中でもマインハルト役を演じるMeinhard Neumannは印象に残る顔立ちだ。常に冷静沈着で無表情を崩さない彼だが、それでも顔に穿たれた皺が何よりも饒舌に彼の心情を語り続けるのだ。是非とも今度も俳優を続けて欲しいところである。

劇中、マインハルトとブルガリア人の友人アドリアンが酒を飲みながら語り合う場面がある。とはいえ何度も書いている通り言葉は通じないため、殆どの言葉は一方通行だ。それでも細かい動作や似ている言葉を互いに読み取っていく中で、ふと会話が通じる瞬間というものがある。偶然なのか必然なのか、それは誰にも分からない。だが監督は、そこに言葉が通じ合わない者同士でも理解しあえるではないか?という可能性を、物語を通じて追求しようとする。

ブルガリア語とドイツ語/東欧と西欧が交じり合う地において、肉体の躍動や表情の微かな動きが繊細に掬い取られていく事で、言葉を越えた先で理解しあえる小さな奇跡にも似た一瞬が浮かび上がる。“Western”とは違う言語や違う文化を持つ人々が様々な場所で交錯する現代に、仄かに輝ける光なのだ。

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