鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ヴァレスカ・グリーゼバッハ&"Western"/西欧と東欧の交わる大地で

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180918200426j:plain

EUの発展によってますますヨーロッパの境界が緩やかになりながらも、いやだからこそと言うべきか西欧と東欧という地域の交わりを描き出そうとする作品が増えてきている。近年で最も話題になったのはマーレン・アーデ監督作「ありがとう、トニ・エルドマン」だ。今作は父と娘の関係性を描き出すと同時に、西欧(ドイツ)と東欧(ルーマニア)の力関係/権力勾配などを描く作品でもあった(ちなみにこのブログに時々出てくるルーマニア人の友人とその家族にはこの映画とても不評である)さて、そんなアーデ監督、プロデューサーとしてもそんな西欧と東欧の交わりを綴る作品を製作していた。ということで今回はドイツとブルガリアが交わりあう、ヴァレスカ・グリーゼバッハ Valeska Grisebach監督作“Western”を紹介していこう。

マインハルト(Meinhard Neumann)たちドイツ人建設作業員たちは、水力発電所を建てるためにブルガリアの辺境にある風光明媚な田舎町へとやってきた。彼らは故郷でするのと同じように黙々と建設作業に励むのだったが、1つ問題なのは地域住民と言葉が通じないことだった。そんな言語の障壁に直面しながらも、マインハルトらは作業を進めようとする。

まず監督は作業員たちの日常風景を丹念に描き出そうとする。男たちは拠点となる場所にドイツ国旗を立てた後、作業を開始する。単純な肉体労働は勿論のこと、重機を操縦して川を渡ろうとしたり、水道施設を稼働させようとしたりと業務は多岐に亘る。そうして1日の終わりには仲間同士で寄り集まり酒を酌み交わしていく。いわゆるベルリン派と呼ばれるグループに属するグリーゼバッハ監督の演出は、トーマス・アルスランアンゲラ・シャーネレクがそうであるように、余計な装飾は一切加え立てない淡々さを誇っており、素朴の先にある禅的な境地へと辿り着こうとする意思が見て取れる。

そんな彼らとブルガリア人の邂逅はあまり良いものとは言えない。作業員たちが川辺で休憩していると、向こう岸に同じく遊びにきたらしいブルガリア人の女性たちが現れる。その中の一人が泳いでいる途中に帽子を落としてしまうのだが、それを作業員が拾うことになる。彼はすぐに帽子を渡そうとはせずに、女性をからかい始める。それに怒った女性たちは作業員たちを尻目に立ち去ってしまう。これが後にも続く禍根になるとはドイツ人は予想していない。

そんな中でマインハルトだけは積極的にかつ友好的にブルガリア人たちと関わろうとする。青年ヴァンコ(Kevin Bashev)に馬の乗り方を教わったり、仕事を続けるうち出会ったアドリアン(Syuleyman Alilov Letifov)と仲良くなり彼が携わる工事を手助けしたり、時には言葉も通じないながら賭博の輪にも果敢に入っていきまんまと勝利してみせる。表面上は寡黙な中年男性といった風だが、ドイツ人の中では最も好奇心に満ち、異文化を受け入れようとする意気が旺盛な人物という訳だ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180918200438j:plain

物語は上述したような緊張感と親しみの間を行き交うような展開を見せる。女性をからかった事件は村中に広まることとなり、住民たちの中にはドイツ人に対して敵愾心を見せる者もいて、状況が一気に張り詰める瞬間がある。その一方で共同体に深く分け入っていくマインハルトはヴァンコの家族に受け入れられて、活気に満ちる宴会に参加、言葉は分からないなりに彼らと打ち解けていく。

ここで印象的なのは撮影監督Bernhard Kellerの映し出す、ブルガリアの勇壮な風景の数々だ。険しい丘陵地帯に深い緑が散らばる様は頗る印象的であり、その険しさの中には崇高なる美すらも見出だすことができる。この崇高さこそが良きことも悪しきことも清濁合わせ飲んだ上で、全てを抱きとめるような應揚さにすら繋がっていることが本作の特徴でもある。

更にそんなマクロ的視点だけでなく、Kellerは人々の動きや表情などミクロ的視点からも物事を印象的に映し出していく。そこで初めに際立つのが肉体の存在だ。男たちは腕を、時には上半身それ自体を露出しながら肉体労働に明け暮れることになる。険しい道を歩む、工事用具を振り上げる、岩を砕く。そういった武骨な動作の数々は、しかしその性質とは裏腹な形で繊細に捉えられていくのだ。また劇中に現れる馬たちが野生を悠然と歩く姿もまた脳裏に焼きつく類いのものであり、ここでは肉体の躍動が重要視されている訳である。こういった描写が積み重なることで、物語は奥行きを増していく。

そしてドイツ人とブルガリア人の間で会話が成り立たないからこそ、彼らの表情に意味が滲み始めるのをカメラは見逃さない。今作に出てくる人物たちはほとんどが素人俳優だが、誰も彼もみな良い面構えをしていて、その顔が様々な感情に揺れ動く様を見るのはそれだけで映画の快楽を味わっているような感覚を覚えるだろう。中でもマインハルト役を演じるMeinhard Neumannは印象に残る顔立ちだ。常に冷静沈着で無表情を崩さない彼だが、それでも顔に穿たれた皺が何よりも饒舌に彼の心情を語り続けるのだ。是非とも今度も俳優を続けて欲しいところである。

劇中、マインハルトとブルガリア人の友人アドリアンが酒を飲みながら語り合う場面がある。とはいえ何度も書いている通り言葉は通じないため、殆どの言葉は一方通行だ。それでも細かい動作や似ている言葉を互いに読み取っていく中で、ふと会話が通じる瞬間というものがある。偶然なのか必然なのか、それは誰にも分からない。だが監督は、そこに言葉が通じ合わない者同士でも理解しあえるではないか?という可能性を、物語を通じて追求しようとする。

ブルガリア語とドイツ語/東欧と西欧が交じり合う地において、肉体の躍動や表情の微かな動きが繊細に掬い取られていく事で、言葉を越えた先で理解しあえる小さな奇跡にも似た一瞬が浮かび上がる。“Western”とは違う言語や違う文化を持つ人々が様々な場所で交錯する現代に、仄かに輝ける光なのだ。

f:id:razzmatazzrazzledazzle:20180918200446j:plain

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星
その277 Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!
その278 Travis Wilkerson&"Did You Wonder Who Fired the Gun?"/その"白"がアメリカを燃やし尽くす
その279 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?
その280 Tonie van der Merwe&"Revenge"/黒人たちよ、アパルトヘイトを撃ち抜け!
その281 Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車
その282 Winston DeGiobbi&"Mass for Shut-Ins"/ノヴァスコシア、どこまでも広がる荒廃
その283 パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!
その284 Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること
その285 Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩
その286 未公開映画を鑑賞できるサイトはどこ?日本からも観られる海外配信サイト6選!
その287 Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?
その288 Chloé Robichaud&"Pays"/彼女たちの人生が交わるその時に
その289 Kantemir Balagov&"Closeness"/家族という名の絆と呪い
その290 Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア
その291 Ivan I. Tverdovsky&"Zoology"/ロシア、尻尾に芽生える愛と闇
その292 Emre Yeksan&"Yuva"/兄と弟、山の奥底で
その293 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
その294 Flávia Castro&"Deslemblo"/喪失から紡がれる"私"の物語
その295 Mahmut Fazil Coşkun&"Anons"/トルコ、クーデターの裏側で
その296 Sofia Bohdanowicz&"Maison du bonheur"/老いることも、また1つの喜び
その297 Gastón Solnicki&"Introduzione all'oscuro"/死者に捧げるポストカード
その298 Ivan Ayr&"Soni"/インド、この国で女性として生きるということ
その299 Phuttiphong Aroonpheng&"Manta Ray"/タイ、紡がれる友情と煌めく七色と
その300 Babak Jalali&"Radio Dreams"/ラジオには夢がある……のか?
その301 アイダ・パナハンデ&「ナヒード」/イラン、灰色に染まる母の孤独
その302 Iram Haq&"Hva vil folk si"/パキスタン、尊厳に翻弄されて
その303 ヴァレスカ・グリーゼバッハ&"Western"/西欧と東欧の交わる大地で