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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アンドリュー・バジャルスキー&"Support the Girls"/女を救えるのは女だけ!

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アンドリュー・バジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
アンドリュー・バジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
アンドリュー・バジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係
ジャルスキー監督の略歴、および長編作品についてはこの記事を参照

さて“マンブルコアという言葉が生まれて10年になった。もう使うのは止めにしないか?”という記事がIndiewireに書かれて約3年が経った。未だにマンブルコアという言葉は普通に使われたり(実際、私も結構使っている)日本でもマンブルコア受容がやっと始まった訳であるが、当のマンブルコアという言葉を広めた張本人アンドリュー・バジャルスキーは何をしているのか。と、言えば映画を製作しているに決まっている。そんなブジャルスキは今年、念願の最新長編を完成させた。その第6長編の題名は“Support the Girls”、この作品はバジャルスキーが完全にマンブルコアを払拭した記念すべき1作として語られるだろう。

リサ(「最終絶叫計画」レジーナ・ホール)はスポーツバー“Double Whummies”(コンセプトと制服からいって明らかに元ネタはフーターズである)のマネージャーとしていつも忙しい日々を送っていた。この日もそうだ。天井からガンガン謎の音が鳴り響いたかと思えばそこに不審人物がいたり、面接を行って新人たちの面倒を見なくてはいけなかったり、朝からてんやわんやの忙しなさである。

今作の核となるのはそんなリサの日常風景だ。毎日やってくる面倒臭い常連客の扱いに苦労し、故障して点かなくなったテレビの修理を頼みに電化製品店に急ぎ、経営上の理由から長く勤めてきた料理人の首を切り、店員が連れてきた子供の子守りを協力して行い、採用した新人を一から教育しと右往左往、仕事は山積みも山積みだ。

仕事が次々と降って湧いてくるリズムに共鳴するように、畳み掛けてくる台詞の数々は今作を象徴する要素ともなっている。その会話の物量は凄まじいもので、ギャグを交えて繰り出されるのは独り言に愚痴に命令に嘆願にお喋りにと、色とりどりの言葉のマシンガン状態である。それを聞いているだけでも楽しいものがあるというべきだろう。

しかしリサの抱える問題は仕事だけではない、私生活もなかなかに滅茶苦茶である。夫とは倦怠期気味であり新居決めも上手く行きやしない。義理の娘はクズみたいな彼氏と共に金を持って家を出ていく気満々でもうウンザリである。そうして家庭と仕事、両方において窮地に陥りながらも、リサは持ち前のタフさを以て問題を潰して潰して潰しまくる。

驚くべきなのはこんな映画をあのマンブルコアのゴッドファーザーであるアンドリュー・バジャルスキーが監督したことである。前作までは有名俳優を起用したりデジタルで撮影したり、そういった中にも三角関係や台詞のモゴモゴぶりなどバジャルスキーの色は確かに残っていたが、今作にそういった要素は一切存在しない。デジタル撮影、有名俳優起用、練られた台詞の数々、奇妙な愛の風景からの脱却などなど、全く新しい極致に至った彼の新境地的作品を楽しむことができる訳である。

とは言えブジャルスキっぽさもここには存在していることはしている。例えば彼の作品に出てくる男性陣は揃いも揃ってダメ人間ばかりだが、今作でもその傾向は健在だ。店員たちに手を出してリサにキレられるのは男だけだし、彼女の上司であるカディーはロクに職務もこなさない癖に命令だけはいっちょ前でやはりリサはブチ切れる。ここに出てくる男はちょっとした騒動を巻き起こしてばかりいる。男という存在は凄まじく面倒臭いのだと今作は描き出している。

その一方で女性たちはやはりダメな所は多くありながらも、愛すべき存在として描き出される。例えばメイシー(「スウィート17モンスター」ヘイリー・ルー・リチャードソン)というキャラクターは世話好きな性格で後輩思い、規則違反も時にはやらかしながらも店の看板娘として表でも裏でも活躍している。他の店員たちも店に連れてこられた子供を皆で甲斐甲斐しく世話したりと連帯を密にしている。女を助けられるのは私たち女しかいないとばかり、男への幻滅と女性同士の連帯という希望を胸に、彼女たちは働き続けるのである。

“Support the Girls”はいわゆる職場コメディという代物である。その中でも今作はジェーン・フォンダ「9時から5時まで」サリー・ホーキンス「ファクトリー・ウーマン」などの、女性と労働が密接に関わるフェミニズム的側面を持った映画の系譜、その最先端に位置している作品なのだ。辛い職場環境を女性たちの連帯で以て逞しく生き抜こうとする姿に笑いを交えた共感や感動を覚える人々は少なくないはずだ。

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結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
その69 アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
その70 アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係
その71 結局マンブルコアって何だったんだ?(作品リスト付き)
その72 リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
その73 リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
その74 リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち
その75 リン・シェルトン&"Touchy Feely"/あなたに触れることの痛みと喜び
その76 リン・シェルトン&「アラサー女子の恋愛事情」/早く大人にならなくっちゃなぁ
その77 アンドリュー・バジャルスキー&"Support the Girls"/女を救えるのは女だけ!