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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Lindsey Cordero&"Ya me voy"/ニューヨーク、冬のように染み入る孤独

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さる10月20日からメキシコではモレリア国際映画祭が開催されている。この国において1,2を争うほど大きな映画祭であり、様々なメキシコ映画が上映されたり国内外からゲストが招聘されるなどして活気を呈している。そんなモレリア国際映画祭だが、日本にいる私たちでもその熱気を味わう方法がある。

このサイトでは毎度お馴染みな映画配信サイトFestival Scopeにおいて、実はこの映画祭で上映される作品が毎年配信されているのだ。しかも無料。今回はドキュメンタリー部門で上映される7本の作品が配信されており、もちろん私は全て観るつもりである。という訳で今回から私が気に入った作品を少しずつ紹介していきたいと思う。まず今回はLindsey Cordero&Armando Crodaという、ニューヨークを拠点に活躍する監督タッグによる作品“Ya me voy”を紹介していこう。

青い闇に包まれた暁頃のニューヨーク、1人の男がゴミ袋の山を載せたカートを押しながら街を彷徨い歩いている。あてどなく街をふらつくかと思えば、時おりゴミ箱から様々なものを掴み取りカートに載せ、再び街へと出ていく。それを朝方にずっと続ける男の姿にはどこか侘しさが漂う。

今作の主人公はフェリペという中年男性、彼はメキシコ人の不法移民であり今はアメリカに住みながら、生計を立てている。愛すべき家族は今もメキシコに残したままで、かれこれ16年もの歳月が既に経ってしまっている。そんな中でフェリペの心にある想いが浮かび始める。人生の多くを過ごしたこの地から出て、家族の待つ故郷メキシコへと帰ろうかという想いが。

まず監督たちはフェリペの日常を余計な装飾なしに綴っていく。夜はカートを押してゴミ漁り、昼はホテルでトイレ掃除や洗濯に明け暮れる。その合間には行きつけのレストランへと赴き、友人たちと喋ったりタコスを食べるなどする。そして暇が出来るとなると、彼はその時間を家族への電話にあてる。妻や子供たちと会話を繰り広げ、異国の地に暮らす侘しさをまぎらわせようとするのだ。12月にはメキシコに帰るつもりだ、今度は本気だよ、もうチケットも買ってある……

そんな彼の姿には父親としての複雑な立ち位置が見て取れる。フェリペは子供たちが小さな頃にアメリカへ移民してしまった故、自分の顔など覚えていないのではないかと不安に感じている。実際に子供の1人は“父さん”と呼ぶより“フェリペさん”と呼ぶ方がしっくりくると、母親を通じて彼に伝える。フェリペは彼らに対して父親としての威厳を見せようとする。例えば長男が店の経営に失敗し借金を負った際には、キチンと叱りつけ道を正そうとする。それでもこの借金を払うため、メキシコ行きを断念せざるを得なくなった時は、それを自分からは伝えられず妻に託けを頼むなど、その立ち振舞いは微妙だ。物理的な距離は心の距離となり、彼の存在を揺るがすのである。

“Ya me voy”はフェリペの姿と共に、ニューヨークの多面性をも描き出している。この街は様々な人種を受け入れる懐の深さがある。中にはメキシコ人コミュニティも形成されており、フェリペもそこに属している。気の置けない友人たちが多くいる暖かい雰囲気は彼にとってとても居心地がよく、何より英語を喋る必要もない。スペイン語で友人と談笑し、スペイン語で歌を紡ぐ。ある意味で彼は小さなメキシコで生を謳歌しているとも言えるかもしれない。

しかしそこはメキシコではない、確かにアメリカの一都市であるニューヨークである。そこには寒々しいものも存在している。雪が降り積もる街でフェリペが独り歩く風景には切実な寂しさが満ちている。そして家族と電話越しに会話しながらも、やはり独りで狭苦しい部屋にいる風景からは厳しい冬のように荒涼とした孤独が伺いしれるだろう。

そんな中で荒涼たる孤独に背を向けようとして、フェリペは人肌の愛を求め始める。彼は同じく故郷に家族を置いてきた女性と逢瀬を重ねて親密な雰囲気に包まれる。伝統衣装を纏いながら公園でデートをしたり、部屋で膝枕をしてもらったりと、不倫ではありながらもそんな愛の光景、孤独な魂が癒されていく光景は微笑ましく思える。それでもメキシコを想いながらも、段々とニューヨークに埋没していくフェリペの姿にはそこはかとない悲哀が漂う。

劇中において、彼がスペイン語の歌を唄うという場面が多くある。故郷を想う歌、文化を語る歌、愛を囁く歌。その響きは太陽の光さながら朗らかで明るいものだ。しかし同時にそこには彼の抱く孤独をも結いこまれていく。故に歌には2つの故郷に心を引き裂かれるフェリペの苦悩が滲み渡るのだ。

今現在トランプ大統領はメキシコとアメリカの国境に壁を作ると宣言している。そしてメキシコ移民の数が過去最大級のものとなっているという報道もある。彼らはまさしく岐路に立たされていると言えるだろう。そんな中で1人の中年男性の何気ない日常からメキシコ移民たちの現在を眺める“Ya me voy”には重要な意味があるのだ。そしてフェリペは苦悩の末にどこへと辿り着くのか、その旅路は過酷な今に対する切実な問いかけとなっている。

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