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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ivan Salatić&"Ti imaš noć"/モンテネグロ、広がる荒廃と停滞

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さてモンテネグロである。旧ユーゴスラビア圏の1国であり、国名の意味は“黒い山”という情報くらいしか私は知らなかったりする。映画で言えばユーゴスラビアの黒い巨星ドゥシャン・マカヴェイエフモンテネグロを思い出す人も多いかもしれないが、あれは登場人物の名前が“モンテネグロ”なだけでモンテネグロという国自体は余り関係がない。映画界においては頗る影の薄いこの国であるが、今回はそんな小国を舞台とした作品であるIvan Salatić監督作"Ti imaš noć"を紹介していこう。

今作の主人公はサーニャ(Ivana Vuković)という若い女性だ。彼女は船上での仕事を失い、しばらくあてどなく街を彷徨い歩いた後、故郷である港町へと帰ってきた。家族とも再会を果たして最初は喜びながらも、家族や町の状況は荒廃そのものであった。そしてサーニャもまた、その拭いきれない荒廃へと埋没していく。

まず監督はサーニャたちがめぐる灰色の日常の数々を淡々と描き出していく。薄暗い闇の中でベッドに横たわり淀んだ静寂に浸る姿、リビングで子供の勉強を見てあげる姿、廃品処理場へと赴いて使えそうな廃棄物を物色する姿。それらはどこにでも広がっている日常かもしれない。だがこの映画で描かれるそんな光景には侘しさと虚無感ばかりが滲み渡っている。

今作においてまず特徴的なのはJelena Maksimovićによる、いわゆるスローシネマ的な編集だ。しかしこのジャンルに属する作品は壮大な時の流れを感じさせるために應揚たるリズムを作り上げることが多いが、今作は遅々たる編集で以て時間の生々しい停滞を観客に対してこれでもかと突きつけてくる。映画的な快楽は予め排除された上で、私たちはありのままの荒んだ現実を目撃することとなるのだ。

ここにおいて描かれる、撮影監督Ivan Markovićによる硬質の美しき荒廃もまた印象的なものだ。港町は盛りをとうに過ぎており陰鬱な雰囲気に包まれている。空き地には何らかの残骸が横たわっており、サーニャの住む邸宅の周りに広がる木々は不穏な深緑を纏いながら、風に揺れ続ける。そして破損した小舟は死体のように道端に転がり、その傍らを“魚!魚を!”と叫びながら浮浪者が歩いていく……

この停滞や荒廃は、モンテネグロという国自体が直面する危機と言い換えてもいいのだろう。ラジオではかつて栄華を誇った町が破綻を迎えたというニュースが常に流れており、サーニャの町も正にその1つな訳だ。その状況で人々は酒場で仲間と駄話を繰り広げるか、廃品処理場で使えそうな物を漁るしかできない。最早いかんともし難いドン詰まりがここには広がっているのである。

こういった危機的な状況は、悲劇的でありながらもしかし必然的でもある喪失をサーニャたちにもたらすこととなる。そしてその後に私たちはある映像を観ることとなるだろう。セピア色の彩りには港で船を見送る人々の姿が浮かび上がる。更に威風堂々たる風体の男たちが握手を交わした後、何かを記念しているのだろう石像が大衆の面前でお披露目されることとなる。その光景には今の悲壮感など微塵も存在しない。未来への明るい展望だけがある。あの活気に湧いていた時代はもう戻ってくることはないのか。そんな深い絶望感が"Ti imaš noć"には刻まれているのだ。

Salatić監督はこの作品についてこんな言葉を残している。"今作は私にとても近く、感情を揺さぶる類の作品です。映画で描かれる場所に元々住んでいましたから。あの造船所に住んでいた人も知っているし、実際父はそこで働いてもいました。この作品は政治的声明ではありません。実在する人生に宿る些細な物事から作られた作品であり、表面的にはモンテネグロのこの地域に住む人々の人生を描いています。それと同時に、アーカイブ映像を通じて、新しい社会が作られることへの興奮が未だ存在していた時代に人々の生活はどうであったかも描いています。今やその社会はバラバラになっていっていますが。"*1

Ivan Salatićは1982年にクロアチアドゥブロヴニクに生まれた。その後はモンテネグロのヘルチェク・ノヴィで育ち、ハンブルグ造形芸術大学(HFBK)で映画製作について学ぶ。2013年には90年代のモンテネグロを舞台とした短編"Intro"、2014年には離婚調停中の親の元を離れ叔母の元で夏休みを過ごす少年の姿を描いた"Zakloni"を監督するなどコンスタントに映画を作り続ける。そして2018年には初の長編作品となる"Ti imaš noć"(英題:"We Have the Night")を完成させた訳である。ということで今後の活躍に期待。

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