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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Milko Lazarov&"Ága"/ヤクートの消えゆく文化に生きて

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あなたはヤクートという人々のことを知っているだろうか。北東アジアに住んでいるテュルク系民族に属する人々であり、見た目は日本人にも似ている。彼らの中には未だに伝統を守りながら、氷原で自然と共に生活し続けているという者たちも多くいる。ブルガリア人である○監督作“”は、そんなヤクート人たちの文化を描き出した壮大な1作だ。

今作の主人公はナヌークとセドナ(Mikhail Aprosimov&Feodosia Ivanova)というヤクートの老夫婦だ。彼らは氷原のど真ん中に作られた家で2人だけで暮らしている。狩りなどで生計を立てる生活は厳しく質素だけれども、同時に暖かくて親密なものである。しかしそんな時間が長く続くことはないということを、彼らは予感していた。

まず監督は老夫婦の日常を丹念に描き出していく。ナヌークは愛犬と共に氷原へと出掛けて、雪をものともせずに進み続ける。そして良い場所を見つけると、様々な道具を使いながら氷土に穴を開けて罠を仕掛けていく。家に帰った後は、大小色々な木材で橇を修復するなどしていくのだ。そして家の中で、ナヌークはセドナと2人だけで憩いの時間を過ごすことになる。

印象的なのはやはり撮影監督Kaloyan Bozhilovが紡ぐ崇高な風景の数々だろう。どこまでも広がる白銀の世界で、吹き荒ぶ吹雪の中を橇で駆け抜けるナヌークの姿はある種神話的な輝きすらも放っている。そして水色と白色は交わりあう地平にトナカイが佇む姿、氷土に灰の色彩を纏った断崖が聳え立つ姿、夕日の橙に氷原が染め上げられた時の姿。そういった風景はただただ美しい。まるでドイツの芸術家カスパー・ダーヴィド・フリードリヒが雪の世界を描き出したとしたらこんな絵画が生まれるだろう、そう夢想させる光景がここには広がっているのだ。

それに呼応するように音楽も広大で印象的なものだ。担当しているのはハンス・ジマーのアシスタントも務めていたブルガリア人作曲家であるPenka Kounevaだ。彼女の勇壮な旋律がどこまでも広がっている雪景色に響き渡る様は、それだけでも畏敬の念を呼び起こすような力強さに満ちている。そして今作を神々しい神話の域にまで高めていくのだ。

だがナヌークたちの日常は徐々に崩れていくこととなる。狩りで獲物は獲ることができないまま、生き物たちは謎の死を遂げていく。地球温暖化によって気温はどんどん上がっていき、環境に異変が起こり始める。こういった変化の数々はヤクートの伝統が消えゆく危機感にも重なるようだ。ナヌークたちはもはやこの地に残された最後の人間たちなのだとでも言う風に。そしてこの中で彼ら夫婦の関係性にも影響が及ぶことになるのだ。

監督はそんな孤独な2人の心に寄り添っていく。彼らはいつも隣同士で眠っており、その仲の良さは際立っている。しかし彼らにはアガという娘がいながらも、ある理由から絶縁してしまったという過去を持つ。ナヌークは頑なに彼女に怒りを覚えながら、セドナは彼女と再会して仲直りしたいと思い続けている。そんな中で彼女は体調を崩してしまい、外に広がる自然と共に衰弱していってしまう。ゆえにセドナの願いを叶えるためにナヌークはアガを探す旅へと赴く。その旅路には死と崇高さがつきまとっていく。人間と動物たちや自然との関係性を再考させるような寓話的な感触に満ちている。こういったものの中で、私たち人間はどうやって生きればいいのだろうか?

"Ága"はヤクートという孤高の存在について、深い畏敬の念を以て作られた壮大なドラマ作品だ。物語構成自体は頗るシンプルなものながらも、その風景や音楽によって無二の崇高さにまで高められていると言えるだろう。そしてそこに生と死の1つの真実が浮かび上がっている。

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