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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Katherine Jerkovic&"Las Rutas en febrero"/私の故郷、ウルグアイ

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さて、ウルグアイである。アルゼンチンの隣に位置する小国であるがゆえ、この国の有能な作家陣はアルゼンチンに行ってしまい、この国自体の映画産業が特に大きいということはない。それでも祖国への愛着を持つ人々は世界各地に存在している。という訳で今回はウルグアイの血を引くカナダ人作家Katherine Jerkovicのデビュー長編“Las Rutas en febrero”(日本語訳:"2月の道筋")を紹介していこう。

最愛の父が亡くなった後、サラ(Arlen Aguayo-Stewart)は自分たちが昔住んでいた、そして父方の祖母であるマグダ(Gloria Demassi)が今も腰を据えているウルグアイへと旅に出る。彼女にとってウルグアイは遠い地ながらも、子供時代を過ごした場所であり愛着があった。そして故郷の小さな田舎町に辿りついた後、サラはマグダと再会を喜びあう。

ウルグアイの田舎にはのどかな雰囲気が漂っている。広く開けた世界に疎らな家々、あちらこちらでは輝いている緑。マグダの家も昔ながらの面影を残しており親しみ深い。それらを映し出すNicolas Canniccioniによる撮影も素晴らしい。彼女は田舎町に広がる風景の数々をゆったり捉えていく。群青色の空とオレンジ色の町並みという濃淡がウルグアイを彩っている。そして郊外にも廃工場の荒涼としながらも美しい風景が広がっている。そういった描写は頗る端正であり、それを観ているだけで旅行をしているような雰囲気が味わえる。

サラはしばらくの間、マグダの元で平穏な時を過ごす。しかしマグダとの関係性は少しぎこちないものだ。サラにとっての父/マグダにとっての息子の死が関係性に影を投げかけているのは明らかだ。そういう微妙な空気感も何もかも、田舎町に流れる時間の中では等しく漂うこととなる。

そしてサラの心の旅路はウルグアイの現状も反映していく。ある時彼女は1人の青年と出会うのだが、ウルグアイから出ていきアルゼンチンのブエノスアイレスで一旗揚げたいという思いを彼はサラに吐露する。自分たち家族もウルグアイを捨ててカナダへと移住した過去がある。ウルグアイは幸福を追い求めるには過酷な場所なのだ。そうしてサラは残してきた故郷の過去と未来に思いを馳せることとなる。

今作の核となるのはサラを演じるArlen Aguayo-Stewartの繊細な演技だ。サラは俳優になるという夢を諦めてウェイトレスとして日々を浪費する現状に置かれている。更に人生において道に迷っている所で父の死という悲劇に直面してしまう。そして当惑と不安の最中に、彼女は自分のルーツへと今再び立ち戻ることとなる。それゆえに若さが宿す不安定さや輝きを、彼女は体現しているのだ。“Las Rutas en febrero”は故郷への複雑な思いを、端正な風景描写と繊細な心理描写で以て美しく描き出した1作だ。その旅路には全てを優しく抱くような温もりが満ちている。

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