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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Blerta Zeqiri&"Martesa"/コソボ、過去の傷痕に眠る愛

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さて、コソボである。他の旧ユーゴスラビア諸国のようにこの国もまた苛烈な紛争を経験し、数多の死と破壊に見舞われることとなった。その時代から約20年が経ち復興は確かに進みながらも、今にも癒えない傷や隠された忌まわしき過去というものはコソボの人々の心に影を投げかけている。Blerta Zeqiri監督によるデビュー長編“Martesa”はそんな影かかる記憶の数々を、繊細な手つきで以て描き出していく作品だ。

今作の主人公はアニタ(Adriana Matoshi)という女性、彼女は紛争で両親と離ればなれになってしまった哀しい過去を持っている。それでも今はバーを経営するベキム(Alban Ukaj)という男性と出会い、幸せな日々を送っていた。そしてもうすぐで彼との結婚式が開かれる予定だった。アニタの心は高揚感で浮き足立つこととなる。

まずこの作品は現在のコソボに広がる日常を描いていく。例えばお洒落なバーで友人たちと酒を酌み交わす、義理の両親の家に行って和気藹々と食事を囲む。そういった風景は他の国ともなんら変わらないものだろうが、異なる風景も確かに存在する。年に数回、この国では紛争の死者や行方不明者を偲ぶ会が執り行われており、アニタもまたそこに参加し、いなくなってしまった両親のことを想うのだ。

そんなある日アニタはノル(Genc Salihu)という男性と出会う。彼は紛争後フランスへと渡り歌手として成功した人物であり、同時にベキムの旧友でもあった。紛争時には身を寄せ合いながら恐怖の時を隠れて過ごしていたのだという。最初2人は再会を喜びあい、アニタもソルと気があうのだったが、彼女は2人がある秘密を隠しているとは知る由もなかった。

そうして物語は3人の関係性の揺らぎを丹念に描き出していく。アニタたちが次にソルに会った時、彼は酒に酔いかなり荒れていた。そして最愛の人を失ったという哀しみを吐露する。アニタはその愛を追い続けるべきだと叱咤激励するのだが、一方でベキムの機嫌はどんどん悪くなっていく。異変を嗅ぎ取ったアニタは、帰り道にそれについて詰問するのだが、ついに喧嘩へと発展してしまう。

監督の演出は素朴で繊細なものだ。撮影監督Sevdije Kastratiのカメラは手振れを伴いながら登場人物たちに迫っていく、リアリズム志向の様式を取っている。躍動する音楽やこれ見よがしなショットは排除した上で、生々しく登場人物たちの心情に迫っていくのだ。そして彼らが内に秘めている生の感情を、プリスティナの寒々しい風景の中に滲ませていく。

そしてアニタに隠れて、ベキムたちは2人だけで会うことになう。その後彼らは密やかに唇を重ねあい、身体を重ねあう。彼らは昔恋人同士であったのだ。紛争という恐怖の中で親密な愛を育んでいたベキムたちは1度は別れ、互いに愛し続けながらその思いを内に秘めていた。そんな中での再会はその愛に再び火をつけたのだ。しかし、今はもうあの頃とは状況が違う。この愛を一体どうすればいいのか?

こうして紡がれるのは、愛の寒々しく悲愴な移ろいだ。言葉では“お前以上に愛した人間はいない”と言いながら、ベキムはノルと一緒にフランスへ行くことはしないで結婚を進めようとする。そんな裏腹な態度を取るベキムに対してノルは怒り心頭ながらも、心は彼への深い愛に引き裂かれていく。そんな激動について何も知らないまま、アニタは不安と期待の間でその時を待つ。三者三様の心を抱えながら、そして結婚式は幕を開ける。今作はコソボが経験してきた忌まわしき過去を背景として、ままならない愛の彷徨を描き出すメロドラマだ。その道の果ては雪の上を流れる黒い血のように苦い後味を伴うだろう。

Blerta Zeqiriは1979年にコソボで生まれた。2004年には紛争中に危機的状況へ追い込まれた3人の友人たちを描く"Exit"を、2009年には普通のディナーが悪夢に変わる様を描いた"Darka"を製作した。そして2012年には"Kthimi"を監督、セルビアの刑務所から帰ってきたアルバニア人男性と彼の家族をめぐる短編作品で、サラエボサンダンス映画祭で作品賞を獲得するなど高評価を得る。そして2017年には彼女にとって初の長編作品となる"Martesa"を完成させた。今作はタリン・ブラックナイツ映画祭で国際批評家賞と審査員特別賞を獲得した。ということで今後の活躍に期待。

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