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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ

何の変哲もない一般人が、もし人を殺せる銃というものを手にしたとしたら……こういった設定は日本でも一定の人気があるようで、中村文則「銃」高野雀「世界は寒い」など何作かパッ思いついたりする。これは世界的にも(もちろんアメリカを除いて)興味深いテーマらしく、今回はアルゼンチンにおいてこのテーマを扱ったDarío Mascambroni監督作"Mochila de plomo"を紹介して行こうと思う。

Darío Mascambroni監督は1988年アルゼンチンのコルドバに生まれた。学生時代から映画業界に携わりながら、脚本と監督業について学ぶ。2016年には初長編である"Primero enero"を監督、離婚したばかりの父と彼の息子が共に過ごす最後の夏休みを描いた作品はブエノスアイレス・インディペンデント国際映画祭(BAFICI)でアルゼンチン映画最高賞を獲得するなど話題になる。そして2018年には第2長編である"Mochila de plomo"を手掛けることとなる。

今作の主人公は12のまだ幼い少年トマ(Facundo Underwood)だ。彼はアルゼンチンのコルドバ、寂れた郊外の町に住んでいる。父親はある事情でこの世を去り、母親はトマを見捨て遊び呆けている。そんな壊れた家族の中で、トマはくすんだ日々を送っていた。

監督はそんな彼の日常を淡々とかつ丹念に描き出していく。トマは学校終わりに夜まで友達とサッカーに興じ、帰りは夕闇の中を自転車で駆け抜けていく。だが家に帰っても母は居ない。独りで食事をし、ベッドに潜り込んで夜が更けるのを待つ。その間ずっと、トマの顔には深い深い影が刻まれている。

だがある日、彼はひょんなことから一丁の銃を手に入れることになる。彼はそれをバッグに突っ込み学校へと出かけ、遅刻を咎める教師に対して反抗的な態度を取ってみせる。銃のおかげで少し気の大きくなった彼は、そうしてある思いを募らせていく。

今作は"もしただの一般人が銃を持ったとしたら……"という設定の常道を行きながらも、そう表だって銃が使われることはない。代りに焦点が当たるのはトマの父を巡る物語だ。作品が進むにつれ、彼は何者かに殺害されたらしいことが分かってくる。そしてその男が出所したことを知り、トマは銃を手にして町を彷徨うこととなる。

撮影監督であるNadir Medinaが映す郊外の風景は、観る者の心に冷えた風を吹かすような荒涼さに満ちいてる。堆く積まれた廃品の山、崩れかけ残骸と化した外壁、弱々しく揺れる植物の群れ。画面に張りついた錆色の鈍さはそのままトマの心象風景とも重なっていく。

この"Mochia de plomo"の核となっている存在はトマを演じるFacundo Underwoodに他ならないだろう。ドタドタと走る姿が頼りないようなただの子供でありながら、笑顔という概念を刈り取られた顔に浮かぶ諦念と寂しさは深い。そんな彼が銃を持ち、影を更に濃厚なものとしていく様は悲痛であり、だからこそ最後にトマが銃口を向ける時、無邪気な子供から大人にならなければならない瞬間は私たちの胸を撃ち抜いていくのだ。

アルゼンチン映画界を駆け抜けろ!
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その2 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その3 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その4 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その5 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その6 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その7 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その8 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その9 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その10 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その11 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その12 Mariano González&"Los globos"/父と息子、そこに絆はあるのか?

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その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
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