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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき

さてガリシアである。スペインの北西部に位置する自治州で、スペインとはまた異なる文化を持っている。使われている言語もガリシア語であり、スペイン語よりもむしろ隣接する国ポルトガルの言語に似ているという。この地を舞台にした映画は例えばガリシアの獣」「朝食、昼食、そして夕食」などがあるが、数は少ない。ということで、今回はなかなか映画界でも珍しいガリシア映画であるXacio Baño監督作"Trote"を紹介して行こう。

Xacio Bañoは1983年ガリシアのショーベに生まれた。スペインのレオン大学で撮影技術について学び、映画製作を始める。2011年の"Estereoscopía"ガリシア・カンス映画祭で短編作品賞、2012年の"Anacos"はアスペン短編映画祭で審査員特別賞、2014年の"Ser e voltar"はクレルモン=フェラン国際短編映画祭で最高賞を獲得するなど着実にキャリアを重ねていく。そして2018年には初の長編作品"Trote"を監督する。

ガリシア地方の山間部に位置するとある村、ここに住む女性カルメ(María Vázquez)がこの映画の主人公だ。彼女は病床に伏せる母親と全く口も聞かないほど仲の冷えきった父(Celso Bugallo)と3人で暮らしている。彼女はこの抑圧された状況から逃げ出したいと願っていたが、どうしてもこの地を去ることが出来なかった。そんな中、村で1年に1度の“ラパ・ダス・ベスタス”という祭りが行われることとなる。これは人間と馬が戦いを通じて理解を深めあうという伝統的行事なのだが、これを期にカルメの兄であるルイス(Diego Anido)とその妻マリア(Tamara Canosa)が帰省を果たす……

まず印象的なのは撮影監督Lucía C. Panによって捉えられる、ガリシアに広がる雄大な自然の数々だろう。切り立った山々の威風堂々たる佇まい、濃厚な緑が深く深く茂る山道の美しさ、そして上空から映し出される山間に位置した村、そこに密集する建物と周囲の緑のコントラストは見る者の心を奪うような神秘的魅力に満ち溢れている。

だが物語それ自体は、そんな広大な風景よりももっと小規模でミニマルなものだということに、観客はすぐ気づくだろう。かず物語の核となるのはどこか緊張感溢れる空気感だ。カルメと父の関係性はもはや皆無に等しいものであったり、ルイスとマリアもどこか倦怠期的でピリピリしている。何より兄妹であるルイスとカルメは理由は曖昧模糊としつつも常に静かな敵意を向けあうようで、見る者に居心地悪さを感じさせる。

監督はその緊張感を息を潜めて観察する訳であるが、その緊張感の狭間にもう1つ撮されるものがあることが分かってだろう。それは登場人物たちの日常の営みだ。カルメは勤務するパン工場で一心不乱に生地を捏ねる、父は大切な愛馬を世話する、ルイスとマリアは食事や着替えなど日々の雑事を淡々とこなしていく。そういった場面が今作には多く現れるのだ。

そしてPanのカメラは被写体へとどんどん迫っていく。後ろを向くルイスの毛深いうなじ、車のエンジンを直す名もなき中年男性の横顔、バーで酒を提供する若い女性の表情。監督はここにおいて主役脇役に関わらず、日常の営みの中で必然的に生じる人間の身体性を繊細に捉えていくのだ。少し前私はフェンシングを題材にしたエストニア映画「こころに剣士を」という作品を観たのだが、この映画も同様に日常において動く人間の体というものを魅力的に捉えられていた。“Trote”も正にそういった作品であり、この繊細さが物語世界をより豊かなものとしている。

こうして画面に張り詰める緊張感と対になるのが、登場人物たちの“手つき”だ。カメラはカルメがパン生地を丁寧に捏ねる時の手つきへと愛おしげに迫り、父がブラシを以て白い馬の毛並みを愛撫する手つきを優しく映し出していき、鬱蒼とした草地をブラブラ歩くルイスの、同じくブラブラと揺れる無防備な赤銅色の手を愛情深く見据えるのだ。

中でも印象に残る手つきを幾つも見せるのがカルメだ。まず物語の流れにおいて、彼女は情緒不安定で内向的な女性として描かれている。そして村から出たくても決意の固まらない自分の煮え切らなさに不満を溜め続けている。そんな彼女に対して、ルイスは嫌悪感を隠さないのだが、話が展開するにつれ自分の生きる場所に明らかに不満を抱えながら奇行を重ねるカルメに、自分は故郷から出ていけたことを理由に苛立ちを感じるルイスの心情が露になり、当初の緊張感は更に深まっていくこととなる。

だがその狭間に現れるのがカルメの手とその身体性なのだ。先述したパンを捏ねる手つきに加えて、例えば足から包帯を外す仕草、タオルを絞って身体の傷に当てる仕草、そういった自身の身体を労るような仕草を重ねるごとに、物語にはどこか癒しと慰めの感覚が宿り始める。その中で彼女は少しずつ変わっていき、とある決断を果たすこととなる。

さて、本作の題名“Trote”とはどういう意味か。これは“馬が早足で歩く”という意味の動詞/名詞だ。上に書いた通り、村では馬と人間をめぐる祭りが行われ、それを前に父は愛馬を労るようなそんな姿が何度か映し出される。そして物語の中で渦を巻いていたカルメの不満、ルイスの苛立ち、空気に張り詰める緊張感、人間から馬へと引き継がれる身体性、そういった様々な要素が“ラパ・ダス・ベスタス”へと収斂していくのだ。その様は正に圧巻であり、“Trote”という映画は観客の心に深く刻まれることとなるのである。

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