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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾

ユーゴスラビア紛争、そう遠い過去のことではない血塗られた歴史。この時期には数えきれないほどの悲劇がバルカン半島の至る所で繰り広げられていた。その遺恨は今にも引き継がれ解決することはなく、傷が癒えることもなければ、それどころか未だに語られていない罪をも大地には眠っている。今回はそんな忌まわしき過去を暴き出さんとする試みに満ちた、Ognjen Glavonić監督によるドキュメンタリー“Dubina dvaを紹介していこう。

Ognjen Glavonićは1985年ユーゴスラビアのパンチェヴォ(現在のセルビアに位置)に生まれた。ベオグラード演劇芸術大学の映画テレビ監督学部で学びながら、映画製作を始める。2010年には"Ritam gitara, prateci vokali"を、2012年には"Od pepela"と短編を手掛けていった後、2013年には初の長編ドキュメンタリー"Živan Pravi Pank Festival"を完成させる。故郷の村でパンクロックフェスを開くロッカーの青年ジヴァンの姿を描いた作品で、フランスのCinéma du Réelで上映後、ブリュッセル映画祭では音楽ドキュメンタリー部門の作品賞を獲得するなど話題になる。そして2年後の2015年、彼は第2長編として"Dubina dva"を監督する。

どこからか朴訥とした男の声が聞こえてくる……NATOセルビアに爆撃を加えていた頃のことだ。ドナウ川の流域で水没したトラックが発見された。俺たちはそこに集まって、そのトラックを引き揚げることにした。だが引き揚げたトラックの中から出てきたのは老若男女、様々な人物の死体が入った膨大な数の棺だった……

本作はこういった語りを主軸として進んでいくが、そのくぐもった声を聞くと同時に私たちは、撮影監督○が映し出すセルビアの今を目撃することになる。ドナウ川の濁りきった水面では黒鉄色のさざ波が群れを成し、山の斜面は恨みに満ちた亡霊を思わす白い濃霧に覆われ、揺らめく葉々を失った細い枯れ木は曇天の下で呆然と立ち尽くしている。それらは荒廃という他ない絶望感を湛えて、私たちの心にとり憑かんとする。

劇中、あるアルバニア人女性の語りが響く。自分にはかつて家族がいた。しかし紛争を解決しにやってきた欧州安全保障協力機構(OSCE)に家を収奪されてから全てが変わってしまった。彼らが去り家へと戻った後、今度は銃を持ったセルビア人の警察官がやってきた。セルビア人たちは自分らがアメリカに手を貸したと難癖をつけ、暴力を振るい始めて、そして……

セルビア人とアルバニア人の関係性は複雑なものだ。セルビアの一部であるコソボに住むアルバニア人たちをセルビア人たちは嫌悪し、様々な形で差別・抑圧していた。それ故、アルバニア人たちは国からの独立を求めることとなる。そしてそれが原因となりコソボ紛争が勃発、大地を埋め尽くすほどの血が流れる結果が産み出されてしまった。アルバニア人女性が巡る運命は、2つの民族の血塗られた関係性の中に懐胎した呪いだと言えるだろう。

更に証言は続く。ある女性は夫を含め隣人たちを虐殺された出来事について語る。彼らは問答無用で銃殺され、生きている者が居ないよう念入りに、死体まで銃撃したのだ。その中で女性は奇跡的に生き残ったが、今でも身体中に弾や爆弾の破片があるのだという。だが私たちは女性の証言の間に、声を加工された男による語りが挿入されることに気づくだろう。自分は命令されて人を殺し続けた……ある時動揺した自分は、上官に“リラックスしてこい”と言われ、バーに行って酒を飲んだんだった……女性の夫や隣人を殺したのは彼なのか?その答えは明かされることはないが、確かな戦慄が聞く者の背中を駆け抜けていく。

そんな証言の最中、監督は1つの風景を映し出す。何年も放置された末に荒れきった廃墟、その床には瓦礫が灰色の肉片さながら散らばっている。そして壁は薄汚れ、所々銃弾による穴が穿たれているのが確認できる筈だ。その灰に染まった過去の痕跡は証言と共鳴し、虐殺の鮮烈なイメージが喚起されることとなる。血の赤、陽光の橙、影の黒、銃口から漂う煙の白。それらは私たちに悲劇は未だ終わっていないのだと囁き続ける。

終盤、紛争終了後に郊外での死体処理を命じられた男の語りが今作に立ち現れる。胃が縮み上がるほどの恐ろしい経験の数々は、観客に対して実際に彼が見ただろう地獄絵図を容易に思い思い浮かばせる。そして声と共に映し出される風景は悲劇の成れの果てを思わせるものだ。くすんだ緑に覆われた地表、もう何の一部だったかも定かではない破片の群れ、そこには悲劇の後に広がるのだろう荒涼たる世界の果てが確かに存在している。

灰色に染まった終末後の風景、想像を絶する惨劇を語る声。“Duvina dvaという作品の中でその2つは共鳴しあい、セルビアの忌むべき過去を大地から掘り起こしていく。そこに漂う死臭は未だに消えることがなく、傷もまた癒えることはない。だからこそ監督はいつかその時が来るまで、映画という唯一無二の存在を駆使してこの惨劇を語り続けることだろう。

"Dubina dva"ベルリン国際映画祭でプレミア上映後、ポポリ国際ドキュメンタリー映画祭で作品賞を獲得するなどした。そして彼の最新作は初の劇長編である2018年製作の"Teret"だ。NATOによるセルビア爆撃が続く1999年、トラック運転手の職を得た男("Dubina dva"の語りを思い出させる設定である)がコソボからベオグラードへと向かう旅路を描いた作品で、カンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映、その内容から物議を醸す結果となった。アメリカでは世界のアートハウス映画を一手に引き受ける配給会社Glasshopper Filmが配給権を買ったので、いずれ私も観れるはず故、その時は今作を見届けたいと思っている。ということでGlavonić監督の今後に期待。

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