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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……

人間は生きている限り、老いからは逃れられない。その例外は一切存在していない。しかし殊に、誰かの子供であった私たちは自分の親だけは他の人々と違って、ずっと老いることなく自分たちの傍らにいると思ってしまっていないだろうか。それは悲しいがあり得ない。彼らもまた老い、そして私たちを残してこの世を去っていく。それに気づいた時の驚きを、私たちはどう表現すべきなのだろうか。ということでアドリアン・シタル監督特集第2弾は、その驚きや当惑、悲しみを描き出した一作“Din dragoste cu cele mai bune intentii”を紹介していこう。

30代のアレックス(「私の、息子」ボグダン・ドゥミトラケ)はこの日もいつもと変わらない日常を送る筈だった。しかし1本の電話が彼の日常を切り裂いてしまう。電話の主は父(Marian Rálea)からだったのだが、彼は母(Natașa Raab)が脳卒中で倒れて病院に運ばれたとアレックスに伝える。その報せに動揺したアレックスは着の身着のまま故郷への道を急ぐ。

“映画監督として様々な手法を実験するのは義務だ”というシタル監督の言葉通り、“Din dragoste cu cele mai bune intentii”は冒頭からして前作と遠く隔たっている。電話を受けたアレックスは四方八方に電話をかけながら、服を着替えて荷物をバッグに詰め込んでいく。前なら激しいカット割りで息つく間もなくこの情景を描き出していたはずだが、撮影のAdrian&Mihai Silisteanuはカメラを一点に据え、アレックスの一挙手一投足を見逃すまいとむしろカットをかけない。つまり演出の主体は長回しであり、前作とは作劇のリズムが全く異なっているのだ。

ということでトランシルヴァニアの故郷へと帰ってきたアレックスだったが、母の病状は安定していて深刻なものではないと聞き少し安心する。だが田舎の病院は信用できないからと、ルーマニア随一の大都市であるブカレストかクルジュの病院に彼女を移そうと計画を始める。それでも、そこから彼の前に様々な問題が持ち上がるのだった。

今作において映し出される病室は混乱状態にある。比較的狭い空間内に患者数人とアレックスら見舞い客、時おり検診に来る医師たちと常時たかり続ける蝿たちにと入り乱れているのだ。そんな彼らが犇めきあいながら、症状に食事管理に心配の言葉にと縦横無尽に会話が繰り広げられ、全く以て情報過多な状況が浮かび上がっている。その様は2016年において最も称賛されたルーマニア映画である、クリスティ・プイウ「シエラネバダを彷彿とさせる物となっている。

その光景はつまりアレックスの頭に広がる混乱と共鳴しあっていると言っていいだろう。顔見知りでもある医師のクリシャン(「エリザのために」アドリアン・ティティエニ)は母の症状は全く心配ないというが、果たして本当だろうか?母をもっと設備のいい病院に移すべきなのか、安静にさせていた方がいいのか。頭の中に様々な思いが去来し、アレックスの心を掻き乱していく。そうして生まれる混沌がそのまま映像として映し出されているのである。

そしてこの苦悩にはルーマニアの社会の現状も反映されているだろう。まず親族の結びつきだ。ルーマニアは東欧に位置しながらもイタリアなどと同じくラテンの血を引く民族ゆえか、その結びつきは頗る密接だ。病室にはひっきりなしにアレックスの親族がやってきて、空間は瞬く間にカーニバルさながらの状況を呈する。陽気で凄まじいパワーに満ち溢れながら、アレックスの悩みを更に加速させる要素であることは言うまでもない。

もう1つ重要な要素がルーマニアの医療関連である。ルーマニアの病院の腐敗ぶりはクリスティ・プイウの「ラザレスク氏の最期」についての記事に記したので詳しくはこれを読んで欲しいのだが、それはルーマニア人自身が一番良く知っているのだ。それでも田舎よりは大都会の方がマシだとアレックスは奔走する訳だ。そしてここに主要都市と地方都市の軋轢が浮かび上がることになる。クルシャン医師は移動に表だって反対することはない。だが彼はブカレストを“弱肉強食の世界”だと形容し、反感を隠すこともない。そしてこの田舎町だからこそ成し得たこともあるとアレックスを牽制する。

そして彼はそういった物の板挟みになり神経衰弱に陥ることとなるが、そんなアレックスを演じるボグダン・ドゥミトラケの演技は印象的だ。カメラは常にアレックス以外の視線と重なりあいながら彼を見つめ続ける故に、ドゥミトラケはほぼ出ずっぱりなのだが、混乱と混沌の中でみるみる疲弊していく姿をこれでもかと生々しく描き出している。それでいてカメラが母親の視線と重なり、真正面から彼の表情を映し出す時、陰影ぶかい顔からは悲哀に彩られた暖かみが伺い知れる。そこからは親を想う子の慈愛が滲み渡っている。

実を言うならば“Din dragoste cu cele mai bune intentii”の物語展開や設定は目新しいものでも何でもない。しかしシタル監督は細部の書き込みや独特の演出法によって親の老いと死に触れる子供が抱くだろう不安やカオスをありのまま描くことに成功している。この手捌きこそがロカルノ映画祭及びゴーポ賞(ルーマニアアカデミー賞)における監督賞・主演男優賞のW受賞という快挙を成し遂げさせたのだろう。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
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その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
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その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
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その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
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その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
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その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
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その37 Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃
その38