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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アドリアン・シタル&"Domestic"/ルーマニア人と動物たちの奇妙な関係

アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
アドリアン・シタル&"Din dragoste cu cele mai bune intentii"/俺の親だって死ぬかもしれないんだ……
アドリアン・シタル監督の略歴と彼の長編についてはこちら参照

前、ルーマニアの友人と犬について話していたことがある。ルーマニアではハムハム(ham-ham)と鳴くらしいだとか(ちなみに日本ではワンワンと鳴くと言うと爆笑された、何でかは分からない)、10年前は野犬がたくさん居て自分も背中を噛まれただとか。アドリアン・シタル監督の第3長編“Domestic”を観ている時、そんなことが思い出された。何故ならこの頗る奇妙なブラックコメディは、ルーマニアにおける動物と人間の関係性を描き出した作品だからだ。

今作の舞台はブカレストに位置するとある団地、ここで管理人であるラザール氏(「エリザのために」アドリアン・ティティエニ)は住民たちに詰め寄られていた。ある部屋で飼われている犬が煩くてしょうがないと彼らは直談判しに来たのである。ラザール氏はタジタジになりながら、あくる日飼い主たちの元へ行くのだが、彼らは露ほど警告を聞き入れることはない……

シタル監督が“Domestic”において挑戦しようとしているのは群像劇、今まで中心人物は少なめの作劇法を取ってきた彼にとっては新境地というべきだろう。管理人ラザール一家に加えて、ミハエス家は息子のために父親がウサギを持ってきたことで一騒動起こり、姉と同居中の独身男は煩い犬を黙らせるため行動に打って出る。他にものべつまくなしに喋りまくる住民たちが登場し、作品は賑やかしを極めていく。

そしてシタル監督の演出もやはり変貌を遂げている。長回し主体なのは前の“Din dragoste cu cele mai bune intentii”と同様なのだが、今回は舞台劇のような佇まいでカメラはそれぞれの家族が住む部屋を映し出していく。つまり長回しの持続時間は5,6分当たり前、時には10分にも渡る長さで以て登場人物の行動を逐一レンズに焼きつけていく。それ故に私たちは舞台を観ているような錯覚に襲われることともなる訳である。

さて作劇法も演出も異なれば、今作は中身の質まで違ってくる。前作、前々作と倫理の面から人々の心へと潜行していったシタル監督だが、ここでは以前とは一線を画するドス黒い笑いをブチ撒けにブチ撒ける。それは冒頭から顕著だ。カメラが撮すのはラザール氏の部屋、父と娘が会話をしていると、そこに母親が帰ってくる。その手には何と鶏が。これ捌かないと、と母に対して娘が渋々ながらそれを引き受け、何度か躊躇しながらも、しかし彼女は風呂場で鶏の首を掻き切る!その間にも両親の妙な口論が繰り広げられ、まだ動いてるんだけど〜という声まで響く。この一騒動を先述した10分にも渡る長回しで描く様は、悪夢的シットコムの様相を呈している。

という訳で、今作の黒い笑いにはルーマニアにおける人間と動物の関係性が密接に係わってくる。取りあえずまず目につくのはルーマニア人の動物の豪快な扱い方だ。先述の鶏屠殺からウサギの雑な持ち方まで日本人から見るとちょっとヒくくらいの扱い方をしている。そしてその様を観察していくうちに、分かってくるものがある。ルーマニア人は愛着あるペットにはとことんゾッコンになる。特にネコちゃんはかなり可愛がられる。が、どうでも良い動物には超残酷になれる一面も持つ。鶏は頸動脈ブチ切るわ、うざい犬は拉致って勝手に捨てるわ……

だが今作でもう1つ重要なのは、ここで動物たちはある種死生を司る存在であることだ。動物を残酷に扱う奴にはそれ相応の罰が下ることになるのだが、唐突さは余りにも急すぎて驚くほどだ。死生が分かたれることの不条理さのような物をシタル監督は動物たちの行動の予測しえなさに託している訳である。“Domestic”はそうしてルーマニアの諸相を奇妙な笑いと共に描き出した作品なのである。

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