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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて

さて、ルーマニア映画を観るにあたって本当に本当に有り難いのは、様々なルーマニア映画を配信する国公認のYoutubeアカウントCINE PUBが存在していることだ。旧作に新作、短編に長編、劇映画にドキュメンタリーなどなど何でもござれで正直宝の山としか言い様がない。私はこのアカウントを通じて“ルーマニアの新たなる波”に属する作品を観て、このブログにレビューを書いてきた訳だが、短編作品については余り紹介してこなかった。ということで今回は今後注目のルーマニア映画作家Mihaela Popescuと彼女の印象的な短編作品“Plimbare”を紹介していこうと思う。

Mihaela Popescuルーマニアアメリカのシカゴを拠点とする映画作家だ。本格的に映画製作に関わり始めたのは2010年、Bogdan George Apetriによる長編映画"Periferic"に共同プロデューサーとしてだった。その後、2013年にIgor Cobileanski監督作であるモルドバ映画"La limita de jos a cerului"に製作総指揮として参加すると共に、彼女にとって初の監督作品である短編映画"Plimbare"を完成させる。

この物語はある一人の女性(Valeria Seciu)の姿を描いた作品だ。設えられながら古めかしい匂いを感じさせる部屋、そこには白髪のほつれた老女が独りで住んでいる。しばらく彼女は思案に暮れるよう虚空を見つめているが、何か決意を決めたかのように立ち上がると、化粧台へと向かう。そしてその乾いた唇に真っ赤な口紅を塗ったかと思うと、おもむろに外へと出ていく。

そしてPopescuと撮影監督のMarius Panduruは静かに彼女を追っていく。着飾った老女の佇まいには何か浮き足立つものを感じさせながら、ブカレストの街並みはそんな彼女をも喧騒と活気によって抱き止めていく。路上では少年たちがサッカーをして遊び、灰色の壁には色彩がグチャグチャと衝動のまま重ねられたグラフィティが描かれ、道路には車の数々が満員電車さながら犇めくとそんなルーマニアではお馴染みの光景が広がっている。それらはある種の翳りを以て撮し取られながら、親しみ深い空気感まで隠すことは出来やしない。

老女は果物屋へと赴き、ごく普通に買い物をする。だが雨が降ってきたことから、この店で雨宿りをすることになる。彼女は店の隅に立ちながら、若い店員(Sergiu Costache)が働く姿を見つめる。その視線はフラフラしながらも、確かに彼の姿を意味深に捉え続け、そして意を決した老女は店員のもとへと近づいていく。

冒頭から顕著だが、目前の光景をストイックに見据えるPopescuの演出は、例えばコルネリュ・ポルンボユクリスティ・プイウなど“ルーマニアの新たなる波”に属する作家たちと重なりあうような物だ。しかし決定的に違う点が存在する。後者の場合、食事をする、待つ、地面を掘るなどそういった行為を即物的な物として捉える故、待つという行為には“待つ”という意味しか存在しないという。不純物を排して、行為を行為として純粋に捉えることで真髄が見えてくるとでもいうようもストイックなのだ。

しかしPopescuは真逆なスタンスを取っている。つまり老女や店員たちが見せる行動の数々に、行為それ自体以上の意味を見出だしていくのだ。例えば部屋の中で老女が独り座っている姿、若者に向ける何とも言いがたい視線、そして震える手で彼女が取り出すもの、そこには、彼女がこの時に至るまで今までどんな道筋を生きていたのか?ということを観客に考えさせる豊かな余白が存在している。それは例えばケリー・ライヒャルトアンドリュー・ヘイの作品がそうであるように、何気ない所作の端々にこそ人生の豊穣さが浮かびあがるのだとPopescuは語る。

そしてここからはネタバレなので、本編を観てからの方が読むのは望ましいが、まあどっちでも大丈夫ではある。物語の後半、老女の目的が男娼でもある若者を買いセックスをすることだと判明する。どちらも躊躇しながら最後には事に及ぶ訳だが、ここで振り返るべきは老いた者たちのセックスがポジティブに捉えられる機会の少なさだ。特に老いた女性においては、そもそもが女性は性欲がないものか逆に異常性欲的かで捉えられることが多かったので、描写が極端になるのも然もありなんだが、この頃老いた女性たちの性欲を真摯に見つめる作品が多くなってきている。セバスティアン・レリオ「グロリアの青春」クレベール・メンドンサ・フィリオの「アクエリアス」などがそれにあたるが、この作品も正にそうだ。彼女のセックスに至るまでの決意をちゃかさずに描いた上で、セックスを終えた老女の薄く軽やかな笑みで以て物語は幕を閉じる。得てしてスティグマとして描かれやすい、老いた女性の人生を豊かに、そして彼女の性をポジティヴに描き出す、たった14分の中でPopescuはそれを成し遂げているのだ。

さてPopescu監督はその後、2017年に初長編であるドキュメンタリー"On Another Corner"を手掛ける。アメリカの独立記念日である7月4日に7歳の子供が射殺された事件をめぐる作品だという。更に翌年の2018年には初の劇長編"În pronunțare"を完成させる。コルネリュ・ポルンボユ監督作「トレジャー オトナたちの贈り物」で主演だったクジン・トマを同じく主演に据えた、ある事件をきっかけにし危機に追い詰められる男の心象風景を幻想的に描き出す、ルーマニア映画としては珍しい表現主義的な映画だという。今作はベルリン国際映画祭でプレミア上映され、好評を博したようだ。ということでPopescu監督の今後に期待。

ルーマニア映画界を旅する
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その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
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その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
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その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
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