鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Patrick Wang&"In the Family"/僕を愛してくれた、僕が愛し続けると誓った大切な家族

さて皆さん、アメリカのアジア系映画作家と言われて誰が思いつくだろうか。例えば「ドゥーム・ジェネレーション」の鬼才グレッグ・アラキ「SAW」シリーズに死霊館シリーズをブームに押し上げたホラー映画界の立役者ジェームズ・ワン、最新映画「クレイジー・リッチ・アジアンズ」が超話題のジョン・M・チュウ「トルク」「ブラッディ・スクール」など振り切れた作品ばかり作る異才ジョセフ・カーンなどの名前があるだろう。それでもアメリカ映画界にはアジアの血を受け継ぐ映画作家がとても少ない。そんな中で今回は、軒並み外れた才能を発揮するアジア系映画作家Patrick Wangと彼の長編デビュー作にして大いなる叙事詩“In the Family”を紹介していこう。

Patrick Wangテキサス州に生まれた、現在はニューヨークを拠点とする映画作家だ。好きな映画監督はトニー・リチャードソンジョン・カサヴェテスオーソン・ウェルズイングマール・ベルイマンなど演劇にルーツのある人物が多く、自身も演劇をしていたことがあるという。マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学について学び、この分野でしばらく仕事を続けていた。しかし彼はある時一念発起して映画作家を目指し始める。まず脚本家として2006年に"Little Mary"を手掛けるが、その後には様々な困難に直面し、なかなか計画を進めることが出来ないでいた。そんな中で父が病床に伏したことをきっかけに、自費で映画を製作することを決意、そして2011年に彼は初長編である"In the Family"を監督する。

今作の主人公であるジョーイ(Wang監督が兼任)は数学教師のコディ(Trevor St. John)や彼の連れ子である6歳の少年チップ(Sebastian Banes)と共に、幸せを絵に描いたような生活を送っていた。私たちはまず彼らの幸福な日常の素描を眺めることとなる。ジョーイが朝起きると、チップが彼の胸に飛び込んできて、最近ご執心なドラゴンについてあれこれ質問してくる。そんな光景にコディは微笑みを隠せない。朝食を終えてチップを学校へ送った後、2人はそれぞれの職場へと向かい仕事に励む。この日はチップの友人の誕生会があったが、ジョーイは残念ながら仕事が忙しくて向かうことが出来ない。それでも夜には3人が揃い一家団欒、眠たくないとグズるチップをコディはベッドに連れていき、そうしていつものように1日が終わっていく。

しかし翌日の朝、ジョーイの元にある電話がかかってくる。通勤途中にコディが事故を起こし病院に運ばれたというのだ。彼は急いでコディの元に向かうのだが、容態がどうなのか全くハッキリしない。看護師に尋ねようとも、まともに取り合ってくれないのだ。更に彼の妹であるエリン(Juliette Angelo)と共に面会に赴こうとすると“家族”以外の方には面会を許可できませんと拒まれてしまう。病院の対応に打ちひしがれるジョーイの元に、そして最悪の報が伝えられることとなる。

“In the Family”は最愛の家族を失った男の姿を描き出す、168分にも渡る喪失についてのエピックだ。しかしインディーズ映画としては規格外のランタイムはこの映画に必要不可欠だ。コディの葬式が終わり、家へと帰ってきたジョーイは食卓の椅子に腰を据え、不在中に届けられた手紙を機械的に確認していく。その時私たちはチップが台所で何かしようとしている姿を目撃するだろう。コーラのボトルを担いでコップに注ぎ、そしてジョーイがいつも飲んでいるビールを持っていき、慣れない閂を使って蓋を何とか開く。差し出されたビールをジョーイは無言のままで飲み、チップもまたコーラを口に注ぎ込む。この5分間、カメラはただ淡々と目の前の光景を写し取っていく、そこに誰かの声も介在することはない。それでも彼らが抱く喪失の痛みは静かに、だからこそ痛烈な密度を以て迫ってくる。もうコディは居ない、もうコディがここに戻ることはない。

しかし世界はジョーイたちが喪失と対面する時間すらも与えようとしない。彼はアイリーンと再会した際、驚くべき事実を聞かされる。コディは遺書を残しており、そこには家の名義や愛息子であるチップの養育権をアイリーンに一任すると記されていたのだ。だがこの遺書が執筆されたのは彼の妻が亡くなった直後であり、自分とパートナーになる前に書かれた物であると知ったジョーイは彼女に反論するのだが、遺書が存在する限り法はアイリーンたちに味方する。そして彼は成す術もなく愛するチップを奪われてしまう。

物語はそうしてジョーイが直面する苦境を描き出していく。同性のパートナーを持つ人々に対して、異性愛を前提にして作られた規則や法律は残酷な形で作用していく。例えば病院において家族と認められなかった状況(今作の製作は同性婚が認められる以前の2011年で、今現在はその状況がある程度改善されていると信じたい)や、弁護士に対しパートナーが同性だと告げた瞬間に対応がおざなりになるなど露骨に作用するのだ。更にジョーイがアジア系であること、孤児院で育ったことなども絡み合うことで、事態は複雑なものになる。

そうして社会の袋小路へと追いやられていく様を、撮影監督のFrank Barreraは余計な感傷を排しながらじっくりと描き出す。彼のカメラは被写体から幾分距離を取りながら、彼らの行動の1つ1つを静かに観察していく。それ故に例えばジョーイたちが共に生きてきた証の刻まれた邸宅、ある男性が所有する本の装丁を修理するためジョーイが赴く広々とした書斎など登場人物の背景に見えてくる空間もまた、そこに満ちる複雑な感情を私たちに語ってくれる。だがその撮影の中で特に印象的なのは、ジョーイの後頭部を映し出すショットだ。ぼうっと椅子に座っている、仕事に勤しんでいる、そんな何気ない時間に浸るジョーイをカメラは後ろから捉え続けるのだ。その時私たちは、表面上は常に冷静さを保ち続けるジョーイの黒々とした髪に闇を見出だす。逃れられない悲しみへと彼は徐々に引きずり込まれているような不吉な予感。それは眼差す私たちに対しても作用し、否応なしに愛する者の喪失を内省させる。

それでも濃密な息苦しさに、ふと何かが現れる瞬間がある。ジョーイは色褪せた日常の中でコディとの日々を思い出す。仕事を通じてコディと初めて会ったあの時、妻を失い酒に溺れていた彼に寄り添っていたあの時、そして互いの中に深い愛を見出だし唇を重ねあったあの時。その1つ1つの思い出には暖かさが染み渡っている。そしてこの温もりはジョーイに確かな力を与え、彼の周りには助けになってくれる誰かが集まるようになる。今作には胸を掻き毟るような痛み、社会がもたらす不条理、日常に根づいた差別や悪意など人が生きるにおいて避けられない負の側面が多く綴られながら、Wang監督はそんな世界で人々が持つ良心を愚直なまでに、どこまでも信じていこうとする意志があるのだ。

そして彼の意志が、ジョーイと私たちを家族という言葉に宿る輝きへと導く。ある時、ジョーイは自分の今まで生きてきた軌跡について語る。自分を残してこの世を去った生みの親たち、自分を引き取りジョーイという言葉と誇りを授けてくれた育ての親たち、自分を深く深く愛してくれた唯一無二の存在であるコディ。彼らの愛によって生かされていたジョーイは、そして家族の思いを背負いながら息子であるチップを生涯懸けて愛していきたいと語る。“In the Family”は類い稀な愛の物語だ、家族という言葉は今作によって新たな豊かさと温もりを獲得することになった。

さて"In the Family"完成後、彼は様々な映画祭に今作を送るのだがどこでも上映されない不遇の日々を送る。しかし最終的にサンディエゴ・アジア映画祭でプレミア上映された際、同じく映画作家であるデイヴ・ボイル Dave Boyle(藤谷文子北村一樹が共演を果たしたアメリカ映画「マンフロムリノ」が有名)の激賞を受けた後、New York Timesや映画評論家ロジャー・イーバーも本作を絶賛、それによって今作はアメリカ中で公開が決定するなど話題となった。

そして2015年にはLeah Hager Cohenの同名小説を原作とした待望の第2長編"The Grief of Others"を完成させる。新しく生まれた赤ちゃんを病気で失った夫婦が元の生活を取り戻そうと苦闘するという物語で、SXSW映画祭でプレミア上映後、カンヌやゴールウェイで上映されるなどして高評価を得た。最新作は2018年完成予定の"A Bread Factory"だ。とある小さな町の文化芸術センターを舞台にした群像劇風のドラメディ映画で、2部作になる予定だという。キャストもアメリカ人俳優からオペラ歌手や台湾のTV司会者、シンガポールのスター俳優などなど多様性に溢れたものとなっている。ということでWang監督の今後に期待。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その38 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その39 Felix Thompson&"King Jack"/少年たちと"男らしさ"という名の呪い
その40 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その41 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その42 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その43 Cameron Warden&"The Idiot Faces Tomorrow"/働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない
その44 Khalik Allah&"Field Niggas"/"Black Lives Matter"という叫び
その45 Kris Avedisian&"Donald Cried"/お前めちゃ怒ってない?人1人ブチ殺しそうな顔してない?
その46 Trey Edwards Shults&"Krisha"/アンタは私の腹から生まれて来たのに!
その47 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その48 Zachary Treitz&"Men Go to Battle"/虚無はどこへも行き着くことはない
その50 Joel Potrykus&"Coyote"/ゾンビは雪の街へと、コヨーテは月の夜へと
その51 Joel Potrykus&"Ape"/社会に一発、中指ブチ立てろ!
その52 Joshua Burge&"Buzzard"/資本主義にもう一発、中指ブチ立てろ!
その53 Joel Potrykus&"The Alchemist Cookbook"/山奥に潜む錬金術師の孤独
その54 Justin Tipping&"Kicks"/男になれ、男としての責任を果たせ
その55 ジェニファー・キム&"Female Pervert"/ヒップスターの変態ぶらり旅
その56 Adam Pinney&"The Arbalest"/愛と復讐、そしてアメリカ
その57 Keith Maitland&"Tower"/SFのような 西部劇のような 現実じゃないような
その58 アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……
その59 Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊
その60 Joshua Locy&"Hunter Gatherer"/日常の少し不思議な 大いなる変化
その61 オーレン・ウジエル&「美しい湖の底」/やっぱり惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 S.クレイグ・ザラー&"Brawl in Cell Block"/蒼い掃き溜め、拳の叙事詩
その63 パトリック・ブライス&"Creep 2"/殺しが大好きだった筈なのに……
その64 ネイサン・シルヴァー&"Thirst Street"/パリ、極彩色の愛の妄執
その65 M.P. Cunningham&"Ford Clitaurus"/ソルトレーク・シティでコメdっjdjdjcjkwjdjdkwjxjヴ