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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児

世界的に見ると、オランダ映画界の存在感はあまり大きくないのかもしれない。というかこの国が産み出した残虐変態大将軍ポール・ヴァーホーヴェンの威光が鮮烈すぎて、他の作家たちがほぼ知られていないという状況にあるというのが正確かもしれない。最近の作家だと「ボーグマン」アレックス・ファン・ファーメルダム「裸の診察室」のナヌーク・レオポルド、日本でも劇場公開された「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」マイク・ファン・ディムなど名前が上がるかもしれない。

だが昔の作家ならどうだろう。かろうじてB級ホラーファンなら「ザンガディクス/鮮血の悪夢」ルドルフ・ヴァン・デン・ベルフやエレベーターが人を襲う怪作ホラー「悪魔の密室」の監督ディック・マースの名前が思い浮かぶ人も居るかもしれない。だが当然、私たちが知らないだけでオランダ国内では有名な作家たちは多くいる。その中でも一人、ヴァーホーヴェンと同時代に生きながらも不遇の内に世を去った、偉大なる映画作家が存在する。彼の名前はAdriaan Ditvoorst、今回は彼が残した数本の長編作を通じてその人生を巡っていきたいと思う。

Adriaan Ditvoorst(日本語表記はアドリアン・ディットボーストらしい)は1940年1月23日にオランダのベルヘン・オプ・ゾームに生まれる。厳格なカトリック教徒の家族の中で育つが、彼が10歳の頃に父が交通事故で他界する。この環境が彼の作品に大きな影響を与えることとなる。ギムナジウムや兵役を経て、アムステルダム映画学校に入学、そこで映画製作を学ぶ。

そんな彼が卒業製作として、1965年に製作したデビュー短編が“Ik kom wat later naar Madra”だった。主人公は名もなき青年(Hans Oosterhuis)、オランダ軍に徴兵された彼は訓練に明け暮れる日々を送っていた。しかし突如彼の元に恋人が交通事故に遭ったという報せが届く。彼は急いで外出の許可を取ろうとするが、上官に受理されない。業を煮やした彼は基地から脱走を図る。

自身の兵役経験を元にした物語自体はシリアスなものだが、Ditvoorstの演出は頗る生き生きとしている。撮影監督のデ・ポンは青年が基地を抜け出し、駅へと駆け込み、ヒッチハイクのため道路を行く姿を躍動感と共に捉えていく。ロケ撮影によって切り取られる、当時のオランダに広がっていた長閑な田園風景も魅力的だ。それでいて躍動感の裏には深い憂鬱も存在している。オランダの行く末を見つめる朴訥な言葉の数々、何とか病院に辿り着いた彼を呑み込むような迷宮的な回廊。1人の青年の若さや人生がグラつく姿を目撃するような、居心地の悪さすら物語には宿っているのだ。

唐突に追憶や想像が挿入される自由な語りやロケ撮影が生むドキュメンタリー的な感触など、つまりヌーヴェルヴァーグに多大なる影響を受けた今作の形式は今までのオランダ映画界にはほとんど存在していなかった。その革新性は本国を越えて世界中の映画祭で評判となり、Ditvoorstは運命の出会いを果たすこととなる。彼はベルナルド・ベルトルッチジャン=リュック・ゴダールフランソワ・トリュフォーなど時代の最先端を行く監督たちと交流する機会に恵まれ、更には“Ik kom wat later naar Madra”の登場を“オランダにおける映画作家の誕生”と激賞されたのだ。彼はこの賛辞を胸にして、1968年には彼にとっての初長編であるParanoiaを完成させる。

この物語の主人公はアーノル(Kees van Eyck)という青年だ。“Ik kom wat later naar Madra”の主人公と同じくアーノルもまた兵士であり、第2次世界大戦の勃発時にはナチスドイツと闘うため戦場に赴く……はずだった。しかしオランダはロッテルダム空爆から数日経たないうちに降伏、彼は敵と戦わずして敗北を喫することとなった。数年後、彼は恋人のアナ(Pamela Koevoets)と共にロッテルダムで平穏な暮らしを送っていたが、戦わなかった罪悪感が彼に戦場を幻視させる。

Paranoiaでは前述の出来事が原因か、ヌーヴェルヴァーグの手法が更に濃厚なものとなっている。新しき波におけるパリとしての役割を果たすロッテルダムの冬を、Ditvoorstたちは端正に映し取っていく。落書きの綴られた裏路地や黒と白がたゆたうように混じりあう川面は寒々しさの中でも生き生きとし、その川沿いに聳え立つ屋敷は豪奢かつ瀟洒な佇まいを誇っている。アーノルたちが住む屋根裏部屋の風景からも、私たちの身近にも存在していそうな親密な息遣いが今にも聞こえてきそうなほどだ。

だがアーノルの置かれた立場はそう楽観できるものではない。この頃大家が屋敷の住民たちを追い出そうと嫌がらせを始め、実際彼の友人もここから出ざるを得なくなったのだ。アーノルは叔母の夫に援助を求めるのだが、法がお前を守ってくれるさと聞く耳を持たない。焦燥感が募る中、彼はとある新聞記事を読む。第2次大戦中にナチに協力したという兵士が指名手配という内容だったが、彼はそこに載っている写真が自分のものだとそんな妄想に囚われ、常軌を逸した行動を見せ始める。

この作品には相反する2つの空気が交錯している。まずは先述したヌーヴェルヴァーグを源とした自由の気風だ。しかし物語が進むにつれてそこに不穏な気配が立ち現れることになる。それはアーノルの不安定な心を反映したものと言えるだろう。妄想によって心が歪められるうち、世界も歪み荒涼たるものに変わっていく。車が立ち並ぶ路地からは人の影が消え去り、屋敷の異様もどこか空虚なものに堕していく。まるでロッテルダムの街並みが亡霊になったようなのだ。そして何かの影がアーノルを追跡するようなパラノイアなる空気が醸造される。

Ditvoorstは本作においてオランダという国を未だ苛み続ける戦争の傷を描き出そうとしているが、その志は前作から地続きのものだ。前作“Ik kom wat later naar Madra”の冒頭、軍の教官は戦場で撮影された映像を使い、新兵たちに戦い方を教えようとする。“映像によってこそ、私たちはどう戦えばいいか容易に分かるのである”と解説する教官の声に重なり、銃を乱射し爆破から逃れようとする兵士たちの姿が流れるのは酷くグロテスクだ。主人公はそんな軍から逃げ出して(結果的に)一泡吹かせるということになる訳である。だがそれと比べるとParanoiaは遥かに陰鬱な物語だ。妄想が加速していくアーノルは拳銃を盗み出して、埃臭い屋根裏部屋に籠って犯罪者ごっこに明け暮れるようになる。そして行動がエスカレートしていくごとに、戦争の忌まわしき傷が水面下で膿み続けている現状が浮かびあがってくる。狂気は気まぐれにアムステルダムへと満ち渡り、それは何にも止めることは出来ないのだ。

さてここからDitvoorstは幾つかのドキュメンタリー作品を経て、ジャンル映画へと接近していく。1973年に製作された中編映画"De blinde fotograaf"はホラー作品であり、盲目の写真家をめぐる恐怖を描き出した作品だ。そしてその後に彼は第2長編として1975年に“Flanagan”を監督することとなる。8年の収監の後、ポール・フラナガンは刑務所から釈放されることとなる。自由の身となったフラナガンの目的は2つ、逮捕の原因となった強奪事件で盗んだ大金の奪還、そして自分を裏切った犯罪仲間への復讐だ。そして彼は怒りを胸にアムステルダムへと向かう……と、つまりは娯楽映画としてのクライム・サスペンスの完成を彼は目指したのだった。しかし今作は興行的に失敗してしまったのだという。

こういった紆余曲折を経て、1978年に完成させた第3長編が“De mantel der Liefde”(英題:The mantle of love)だった。今作はオムニバス形式のブラックコメディとなっている。まず1話は狭苦しい部屋が舞台だ。ある夫婦がソファーに座ってテレビを眺めている。夫はそれに対して文句をつけ、妻が今から見よう番組にもケチをつける。妻はそんな態度に業を煮やし、工場をクビになり無職になった彼をネチネチと追い詰めていくのだが、その果てにとうとうブチ切れた夫はテレビを抱えて、それを……

様々なジャンルを経てきたDitvoorstがここで挑戦するのがブラックコメディである。どんなジャンルでも平均以上の成果を上げてきた監督だが、今作の黒い笑いはかなり強烈で脳髄が揺さぶられる。日常にくすぶる不満や焦燥感をネチネチ描き出していたかと思えばそれが突発的な暴力として激発したり、どこで笑っていいのか全く分からないシュールなネタの数々が投げつけられ、いきなり物語の首がすげ変わるソクーロフ的転回がブチ込まれるなどその黒さは多彩だ。

そしてこの笑いはオランダの現在を容赦なくブチ抜いていく。テレビなどのテクノロジーが発達することでこの国にどういった暴力と退化が巻き起こることとなったか、資本主義の流入によってこの国でいかなる混乱が巻き起こっているのか。ある短編では死にかけた父親がいる寝室の隣で、葬式と遺産についてベラベラ喋りまくり面倒事を押しつけあう家族の姿が描かれる。Ditvoorstはそんな醜い諍いに対して文字通り鼻くそを投げまくる訳である。

そんな中で最も印象的なのはキリスト教関連の描写の数々だ。まず冒頭からしてモーゼとキリストの対話という挿話で幕を開くのだが、ここから人々のミサ離れを嘆く司祭の発狂沙汰、当事者不在で中絶について議論を戦わせる司祭と政治家たちの姿が描かれることとなる。どれもキリスト教の自己矛盾や弱者を踏みにじる実態が痛烈なまでに描かれており、キリスト教について万事分からない人間でもネタの強烈さはこれでもかと血肉に迫ってくる。

“De mantel der Liefde”は実験的な作風の作品が多いDitvoorstの中でもとりわけふざけた作品だ。理知的な批判精神とドラッグやってる感じの脳髄爆裂的シュールさが観客の頬を交互にブン殴りまくってくる。そしてそれをあのブレードランナーでお馴染みなヴァンゲリスがその崇高な音楽で以て纏めあげる訳で、本当に得も言われぬ狂気の世界がここに誕生することとなるのである。こうしてカメレオンのように姿を変えながらDitvoorstは作品を製作してきたのだが、そんな彼が最後に残した第4長編が"De witte waan"(英題:White Madness)だった。

今作には2人の主人公がいる。まず1人が名もなき中年女性(Pim Lambeau)だ。彼女は豪奢な邸宅に住んでいるが他には誰もいない。それ故に孤独を深めながら、彼女だけに見える幻との会話で時をやり過ごしている。そしてもう1人の主人公はラーズロー(4番目の男」トム・ホフマン)という若者だ。打ち捨てられた工場を根城として、彼は町を彷徨い続ける。やることと言えばコカインを吸うか、レコーダーで何かの音を録音することだけだ。

Ditvoorstはオランダ映画界における実験映画製作のはしりと言われる人物だが、今作においてはその本領が遺憾なく発揮されている。2人の主人公の彷徨の合間に挿入されるのは子アザラシの無惨な虐殺場面、沈黙を御すると宣言するマッドサイエンティストの狂態、空を駆ける鷲の悠然たる飛翔。そういった一見何の繋がりも伺いしれない断片的な映像の数々が結びあわされていき、有機的に作品を謎めいたものに変えていく。

しかしある時、物語は変化を迎える。ラーズローが暮らす廃工場にある女性が訪ねてくる。彼女はラーズローの叔母らしいのだが、あなたの母親が交通事故に遭って緊急の状態にあると伝えてくる。最初は会うのを拒絶するラーズローだったが、いつしか心変わりをして病院へと赴くと、ベッドで横たわっている女性こそあの中年女性なのだ。ここで10年ぶりの再会を果たす2人だったが、ラーズローは彼女が渡してきた手紙を読んだ途端、血相を変えて病室を出ていってしまう。

そして物語は蛇行に蛇行を重ねるが、ここにおいて核となるのはラーズローを演じるトム・ホフマンの存在感だ。黒々しい髭を蓄えて男らしい佇まいのラーズローだが、表面上冷静を装えど彼の行動は困惑するほど予期でないものばかりだ。最初は母親を拒絶しながら、邸宅へ叔母と戻ってきた彼女を暖かく迎え、驚くほどの献身的な介護を行う。それでも時には母親に対して暴力的な反応を返して、彼女や観客を困惑に至らせる。それでもホフマンの、男性的でありながらどこか繊細で張り詰めた糸の震えを体現したような佇まいはその行動の支離滅裂さに説得力を与えていく。

こうして2人の同居生活が始まるのだが、むしろその生活の実態よりも今作に頻出する鳥のイメージの方が彼らの心情を雄弁に伝えてくれる。先述の飛翔する鷲を筆頭として、拾ったバイオリンケースから這い出てくる鳩の群れの羽ばたき、ラーズローが描く血にまみれた鳥の絵、彼が時おり立ち寄る屋上に立っている巨大な鳥の像、邸宅の夜へ何処からともなく聞こえてくる囀りの数々。一体これらは何なのだろう?そう疑問に思う私たちは、不随になった身体を引きずる女性と彼女を介護するラーズローの姿を見ながら、これらは自由の象徴なのかもしれないと思うだろう。肉体に囚われ大地を這いずり続ける女性にとって、彼らは大いなる希望であり得るのだ。

その中において最後の鍵となるのが母と子の関係性のダイナミクスである。最初はラーズローの拒絶により全き絶縁状態が続きながら、再会によってその嫌悪感は少しずつ緩んでいき、介護の最中に2人の関係は親愛と嫌悪の間を劇的なまでに行き来する。しかしその繰り返しの内に確かに家族の絆が再び生まれ始め、とうとう恋人同士のような関係にまで2人は辿り着いていく。そしてそのダイナミクスの中で、彼らはとうとう鳥たちが謳歌するのと同じ自由へとも到達するのだ。つまりは"De witte waan"という作品はそんな究極の自由についての物語だったのだと、私たちは最後に悟ることとなるだろう。

Yvonne Keulsという戯曲家の作品"De moeder van David S."を原作とした本作は、しかし彼の他の作品と同様に評判は悉く悪く、今ならば得られて当然の栄光を得ることは叶わなかった。彼の作品の全ては一般の大衆から見捨てられ続けたのである。そしてその絶望からか彼は1987年10月18日、故郷のベルヘン・オプ・ゾームで自殺を遂げ、47歳の若さでこの世からも、オランダ映画界からも立ち去ってしまったのだった。そして彼の存在は忘れ去られることとなる……はずだった。

だが彼の遺志を継ぐ者がいた。彼こそ"De witte waan"で主演のラーズローを演じたトム・ホフマンである。4番目の男「ブラックブック」などのヴァーホーヴェン作品を含むオランダ映画には勿論、サリー・ポッター監督の「オーランドー」にも出演しているオランダを代表する俳優である彼だが、今作の撮影を経てDitvoorst監督とは特別な絆で結ばれることとなった。Ditvoorst自殺の1ヵ月前には共に新作を作ろうと構想も練っていたそうだ。Ditvoorstの自殺により計画は頓挫(それでもこの計画は後に、ホフマンの友人である映画監督イアン・ケルコフによって1999年に「シャボン玉エレジーとして映画化される)したが、ホフマンはその友情を忘れることなく、1992年にドキュメンタリー映画"De domeinen Ditvoorst"を監督する。今作はDitvoorst監督の作品と生涯をインタビューや再現ドラマ、彼の作品の舞台化作品など様々な形式で描き出した作品だった。そこにはオランダ映画界の俊英として称えられながら、大衆やプロデューサーには作品を受け入れてもらえず、それでも映画への信仰は捨てられないままに、最後には自殺という道を選んでしまった彼の姿が描かれている。それによってDitvoorstもまた究極の自由を得たのだろうか。

参考文献
https://www.1101.com/holland/1999-09-13.html(トム・ホフマンへのインタビュー)