鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Filipa Reis&"Djon África"/カーボベルデ、自分探しの旅へ出かけよう!

さて、カーボベルデ共和国である。まずカーボベルデって何処だよ?っていうと、北アフリカの西の沖に位置している。共和制の島国で、元々ポルトガルの植民地であった故にポルトガル語公用語になっている(カーボベルデクレオール語公用語)文化についてもポルトガルとアフリカの2つが混ざりあい、独特の文化が築かれている。ということで今回はそんなカーボベルデが舞台である、自分探しの旅に出る青年の姿を描くFilipa ReisJoão Miller Guerra監督によるロードムービー“Djon África”を紹介していこう。

Filipa Reisは1977年ポルトガルリスボンに生まれた。映画作家である他、プロデューサーとしても活躍しており、自身の作品は勿論の事、ポルトガル気鋭の俊英Leonor Telesの短編金熊賞獲得作"Balada de um Batráquio"と初長編"Terra Franca"を、更にやはりポルトガル映画界期待の新鋭Pedro Pinho"Um fim do mundo"などを製作している。そして同じくポルトガル映画作家であるJoão Miller Guerraは公私におけるパートナーであり、映画を共同で監督すると共に製作会社Uma Pedra no Sapatoを経営している。

監督としては当初単独で"P.I.C.A,"(2007)や"A Woman's Story"(2009)などのTV作品を手掛けていたが、2010年にはGuerraとの初共同作である長編ドキュメンタリー"Li ké terra"を完成させる。今作はポルトガルに違法移民として住むカーボベルデ人の若者たちを描いた作品であるのだが、今作に出演している若者の1人であるMiguel Moreiraとは作品を通じて親交を深め、この友情が"Djon Africa"へと繋がることともなる。2011年にはオーケストラの授業に参加する小学生たちを描く"Orquestra Geraçäo"を、2012年にはとある1人の女性を追った中編"Cama de Gato"を、2013年にはポルトガルに住むブラジル人女性たちが集うグループを題材とした短編"Fragmentos de uma Observação Participativa"を製作、着実にキャリアを重ねていく。

2015年には短編"Fora da vida"を監督するのだが、今作の主人公の1人は先ほど紹介したMiguel Moreiraであり、彼と他の若者たちの日常を通じて経済停滞に喘ぐポルトガルの実情を描き出した作品となっている。今作がリスボン国際インディペンデント映画祭(IndieLisboa)で最優秀ポルトガル短編映画賞を獲得した後、2018年にはMoreiraと共に彼女たちにとって初の劇長編となる"Djon África"を完成させる。

今作は自身の髪をボブ・マーリーのようなドレッドヘアーにする青年の姿から幕を開ける。彼の名前はジョン・アフリカ(Miguel Moreira)、ポルトガルに住む25歳のーー名前通りにーーアフリカ系の若者だ。彼は結構な問題児であり、恋人と行った洋服屋で万引きしたり、かと思えば浮気したりとやりたい放題。そんな感じでジョンは若さを満喫していた。

そんなある日彼は偶然、顔も知らない父についての話を聞くことになる。自分を育ててくれた祖母に詰問すると、彼はカーボベルデ出身で、犯罪を犯した後に刑務所に収監されているとかいないとか。更には存在すら知らなかったジョンの親類もその国に住んでいるらしい。ということで、彼は自分のルーツを見つけるためにカーボベルデへと向けて旅に出かける。

“Djon África”はそんなジョンの旅路を描き出した作品だ。カーボベルデの地を踏んだ直後、ちょうど目的地の町に行くというのでチアリーダーの一群が乗る車へと相乗りしたり、名前だけは知っている叔母のもとへと辿り着いたと思うと、何だか変な儀式に巻き込まれたり。そんな旅路はどこか緩くのどかなもので、観ているだけでも微笑みが浮かんでくるのを抑えられなくなるほどだ。

そんな中、撮影監督であるVasco Vianaカーボベルデに広がる風景を頗る魅力的に捉えていく。町は活気と色彩に溢れ、色とりどりの傘の数々が道端に並ぶ姿はとても美しい。途中でジョンが立ち寄るトラファルという町には海がありそれ自体も綺麗だが、浜辺で日光浴をするたくさんの小舟たちの光景は壮観だ。そして海から遠く離れた、切り立った山岳部の幾何学的な勇壮ぶりも何と素晴らしいことだろう。

しかしカーボベルデの文化だって同じように魅力的だ。先述した儀式はこの国流のミサであり、橙色のトリップ感は堪らなく個性的だ。ジョンがバスで一緒になった女性たちは、自分たちはプラスティックではなく本物の人毛を使ったウィッグを使ってオシャレするのだと自身の髪を見せつける。カーボベルデのクラブ文化もなかなかに極彩色に溢れていて現代的だが、何の変哲もない家の隣の野原で羊たちの群れがのろのろ歩いている光景は遠きアフリカを思わせる光景で、この落差にもまた魅了されてしまう。

極めつけに、ロードムービーのお約束としてジョン・アフリカが旅路の途中に出会う人々もとても印象的だ。特に印象に残るのは彼が船で出会うお婆ちゃんだろう。話が通じているのか通じてないのか良く分からない抜け具合に乗せられて、ジョンは牧畜や農業を体験することになる。そして仕事の後、一緒にカーボベルデ流のカチューパを食べようとすると“アタシは良いよ、先にタバコでも吸うから”なんて発言をして、観客を笑わせてくる。これらを観ながら“うーん、カーボベルデの人って面白くて良い人ばっかだなぁ”と思うことになるはずだ。

カーボベルデという国のそんな魅力的な風土をゆっくりと噛み締めるように、編集を手掛けるLuisa Homem&Ricardo Pretti&Eduardo Serranoの3人による物語のリズムはとても緩やかだ。物語は父親探しなんていう目的すら時々忘れて、フラフラと道草を遂げるのは当たり前だ。そういう訳で今作のリズムは何というか、寄せては返す波のように穏やかだ。そしてこの穏やかさから生まれる暖かさやおおらかさは、画面に染々と満ちていきフラフラ旅する主人公を優しく抱き締めるのだ。

しかしある時、ジョンは住民からこんな問いを突きつけられる。“父親を見つけたらカーボベルデにそのまま残るのか、それとも故郷のポルトガルに戻るのか”……ジョンは“そこまではまだ考えてないよ、早すぎる”と言葉を濁すのだが、ルーツを巡る旅路に苦悩は付き物だということを彼は思い知るのだ。そうして物語が終盤に近づくにつれ、旅は身体的というよりも精神的な彷徨へと変貌していく。赤茶色の険しい岩地に囲まれて、ルーツを探し求めるジョンの旅路には一種の崇高さすら宿り始める。そして最後、岐路に立った彼の姿はもう最初に見た髪をまとめる若者とは違うのだと、私たちは悟るだろう。

“Djon África”はおおらかなユーモアで以て、1人の人間のルーツを探す旅路を描き出した一作だ。これを観た後には魅惑のカーボベルデ――もしくはあなたが行きたい場所ならどこだっていい――へ一人旅に行きたくなること請け合いであり、それでなくとも“自分とは一体何者なのか?”という深淵な問いに対して向き合うきっかけをくれるだろう。

参考文献
https://mubi.com/notebook/posts/the-altered-states-of-djon-africa-according-to-filipa-reis-and-joao-miller-guerra(監督インタビュー)

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その239 Milagros Mumenthaler&"La idea de un lago"/湖に揺らめく記憶たちについて
その240 アッティラ・ティル&「ヒットマン:インポッシブル」/ハンガリー、これが僕たちの物語
その241 Vallo Toomla&"Teesklejad"/エストニア、ガラスの奥の虚栄
その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
その243 Grigor Lefterov&"Hristo"/ソフィア、薄紫と錆色の街
その244 Bujar Alimani&"Amnestia"/アルバニア、静かなる激動の中で
その245 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その246 Edualdo Williams&"El auge del humano"/うつむく世代の生温き黙示録
その247 Ralitza Petrova&"Godless"/神なき後に、贖罪の歌声を
その248 Ben Young&"Hounds of Love"/オーストラリア、愛のケダモノたち
その249 Izer Aliu&"Hunting Flies"/マケドニア、巻き起こる教室戦争
その250 Ana Urushadze&"Scary Mother"/ジョージア、とある怪物の肖像
その251 Ilian Metev&"3/4"/一緒に過ごす最後の夏のこと
その252 Cyril Schäublin&"Dene wos guet geit"/Wi-Fi スマートフォン ディストピア
その253 Alena Lodkina&"Strange Colours"/オーストラリア、かけがえのない大地で
その254 Kevan Funk&"Hello Destroyer"/カナダ、スポーツという名の暴力
その255 Katarzyna Rosłaniec&"Szatan kazał tańczyć"/私は負け犬になるため生まれてきたんだ
その256 Darío Mascambroni&"Mochila de plomo"/お前がぼくの父さんを殺したんだ
その257 ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女
その258 Matthieu Bareyre&“l’Epoque”/パリ、この夜は私たちのもの
その259 André Novais Oliveira&"Temporada"/止まることない愛おしい時の流れ
その260 Xacio Baño&"Trote"/ガリシア、人生を愛おしむ手つき
その261 Joshua Magar&"Siyabonga"/南アフリカ、ああ俳優になりたいなぁ
その262 Ognjen Glavonić&"Dubina dva"/トラックの棺、肉体に埋まる銃弾
その263 Nelson Carlo de Los Santos Arias&"Cocote"/ドミニカ共和国、この大いなる国よ
その264 Arí Maniel Cruz&"Antes Que Cante El Gallo"/プエルトリコ、貧しさこそが彼女たちを
その265 Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線
その266 Alireza Khatami&"Los Versos del Olvido"/チリ、鯨は失われた過去を夢見る
その267 Nicole Vögele&"打烊時間"/台湾、眠らない街 眠らない人々
その268 Ashley McKenzie&"Werewolf"/あなたしかいないから、彷徨い続けて
その269 エミール・バイガジン&"Ranenyy angel"/カザフスタン、希望も未来も全ては潰える
その270 Adriaan Ditvoorst&"De witte waan"/オランダ映画界、悲運の異端児
その271 ヤン・P・マトゥシンスキ&「最後の家族」/おめでとう、ベクシンスキー
その272 Liryc Paolo Dela Cruz&"Sa pagitan ng pagdalaw at paglimot"/フィリピン、世界があなたを忘れ去ろうとも
その273 ババク・アンバリ&「アンダー・ザ・シャドウ」/イラン、母という名の影
その274 Vlado Škafar&"Mama"/スロヴェニア、母と娘は自然に抱かれて
その275 Salomé Jashi&"The Dazzling Light of Sunset"/ジョージア、ささやかな日常は世界を映す
その276 Gürcan Keltek&"Meteorlar"/クルド、廃墟の頭上に輝く流れ星