鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Bodzsár Márk&"Isteni müszak"/ブダペスト、夜を駆ける血まみれ救急車

さて救急車映画である。私的にまず思いつくのはニコラス・ケイジ主演の「救命士」だ。名前の通りケイジ演じる救命士が眠らない街ニューヨークを、救いを求めて疾走する今作は個人的にマーティン・スコセッシ監督作でも1,2を争うほどお気に入りの作品だ。「アンビュランス/地獄の殺人救急車 狙われた金髪の美女」なんかもいい。邦題の通り現れる殺人救急車の謎を追うサスペンスで、B級映画界のトリックスターであるラリー・コーエンの作家性が遺憾なく発揮された作品となっている。そして世界に目を向けると、ブルガリアにはIlian Metev監督(ブログで特集記事書いてます)によるドキュメンタリー“Poslednata lineika na Sofia”がある。こちらはブルガリアの首都ソフィアに13台しかない救急車に乗って人々を救護する救命隊の姿を追った作品だった。さて今回はハンガリー産の救急車映画である、Bodzsár Márk監督作"Isteni müszak"を紹介していこう。

Bodzsár Márkは1983年ハンガリーブダペストに生まれた。若い頃から映画作家を志しており、2006年に恋人に振られた青年の懊悩を描く"A masculinum felé"で監督デビュー、オムニバス作品である"Decameron 2007"(2007)や"East Side Stories"(2012)に参加、"Különös történetek"というTVのドキュメンタリー番組のエピソード監督を務めるなど着実にキャリアを重ねていく。そして2013年には初の長編監督作"Isteni müszak"を完成させる。

時代は遡り1992年、主人公であるミラン(Ötvös András)という若者はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に参加する兵士であったが、その苛烈さに恐れを成し脱走、ハンガリーブダペストまで逃げ帰ってきた。しかし戦地にはまだ恋人である医師のターニャ(Stork Natasa)が残っている。彼女を連れ帰るためには何よりも金が必要だ。そして八百屋でアルバイトをしていたミランだったが、ひょんなことから自身の医療のスキルを認められ、救急隊にスカウトされることになる。だがその救急隊には秘密があった。

という訳で彼はリーダーのフェーク医師(Rába Roland)や運転手のタマシュ(Keresztes Tamás)と共に、現場へと駆けつけるのだが、様子がおかしい。彼らは医療行為を行うこともなく、患者を見殺しにしようとしていたのだ。そして敢えなく死んでしまった患者の戸籍や個人情報を売っ払う姿を見てしまう。そう、この救命隊は患者の死によって金を荒稼ぎする極悪救命隊だったのだ……

さて今作はなかなか珍しいハンガリー産コメディだが、ブログ読者の方には“いや、最近そういうの観た気がする……”という方も居られるかもしれない。そう、変な日本描写で話題になった「リザとキツネと恋する死者たち」は正にハンガリー産コメディだった。この「リザ」と本作品、妙なテンションや設定の突飛さなどが結構似ていて、しかも変な日本描写が出てくる所まで似ている。運転手のタマシュはいつも傍らに刀を携えているのだが、ミランに“そのサムライソードは何なんだ?”と聞かれた時、こう答える。“これはサムライソードじゃねえ、ニンジャソードだ!「アメリカン忍者」で観たんだ!”

その他にも今作独特の魅力的な要素は数多くあるが、刺激的なブダペストの夜の風景はその1つだろう。刑務所ではネオナチのハゲ野郎が同房の囚人をボコボコにしたり、カップルはわざわざ真夜中にジェットスキーだか何だかをして案の定事故ったり、ホームレスの女性はギャアギャア喚きまくり、その他大勢がヤバい目に遭ったりと、ブダペストの夜には凄惨なまでに笑える暴力と不条理なまでに軽やかな死が蔓延しているのだ。

そして撮影監督Reich DánielとプロダクションデザイナーのValcz Gáborによるブダペストのビジュアルも素敵だ。胃液の黄色に染まり不穏な美しさを湛える道路を救急車は疾走するかと思えば、ミランたちが仕事終わりに立ち寄る中華料理店は華美な装飾に溢れ、皆の憩いの場になるトップレス美容室(どういうものかは映画を観れば分かります)の極彩色の内容は脳髄をトリップさせるような魅力に満ちているのである。

ミランの仕事はしばらくの間は快調に行くのだが、そうずっと上手く行くはずもないのが道理だ。ミランたちはある事件をきっかけに商売の元締めであるヴィナイに目をつけられて、絶体絶命の危機に陥ることとなる。さあ、どうする?彼らは知恵を絞りに絞るが、それが血まみれの道行きを辿るのにそう時間はかからなかった。

この“Isteni müszak”は鮮血にも似たグロテスクなユーモアで以て、社会主義崩壊後のハンガリーに広がる猥雑で凄惨な現実と不条理なる死の光景を笑い飛ばしながら描き出していくブラック・コメディだ。観た後になかなかに複雑な余韻を抱かされるような変な東欧映画をご所望の方には正にうってつけと言うべき作品だろう。

さて監督の今後であるが、まずは日本でも悪童日記が一般上映されたハンガリーの俊英ヤーノシュ・サースによる最新作“A hentes, a kurva és a félszemü”では脚本を担当している。第1次世界大戦後の混乱したハンガリーで繰り広げられる三角関係を描いた作品だ。そして自身の監督新作としては2018年完成予定の"Drakulics elvtárs"がある。70年代冷戦下のハンガリーを舞台に、体制に反旗を翻す吸血鬼と体制に忠誠を使った女性の愛と裏切りを描いたラブストーリーだという。ということでBodzsár監督の今後に期待。

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
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