鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kyros Papavassiliou&"Impressions of a Drowned Man"/死してなお彷徨う者の詩

さて、キプロスである。地中海に浮かぶ、日本と同じく島国であるこの国はギリシャ語が公用語である、ことしか私は知らない。観光地としては結構有名、タックスヘイブンとして投資の拠点地となっていることも有名である。ニュースでは後者について聞いたことがあるような、ないような……と、紹介したのは良いのだが、今作確かにキプロス映画作家によるキプロス資本中心のキプロス映画であることは間違いないのだが、主人公はギリシャ人で舞台もギリシャなのだ。だからタイトルにキプロスとは使えない類いのキプロス映画なのである。まあでも一応キプロス映画ではあるので、今回はこのブログとして初のキプロス映画である、Kyros Papavassiliou監督作“Impressions of a Drowned Man”を紹介していこう。

とある湿地帯、茶色く群生する醜い植物の数々、一瞬動物の死骸のようにも見えてしまうような泥に穿たれた穴、荒々しく掘り起こされた風に思える轍の軌跡、そんな物に囲まれながら、打ち捨てられていた1人の中年男性(Thodoris Pentidis)が起き上がる。彼は呆然自失のままに周りを見渡すが、何かを理解した様子も見せないままに何処かへと歩き始める。

まず印象的なのは、撮影監督Konstantinos Othonosが映し出す何処とも知れぬ大地の風景の壮大さだ。細やかな雨が降りしきり霧が舞う道を男は歩き続け、緑を煌めかせる背の高い植物がビッシリと繁茂した野原を男は歩き続け、道路を駆け抜ける車たちの犇めく街並みの真っ只中を男はやはり歩き続ける。それらは頗る美しく旅を彩っていくのだが、特に自然を映し出した光景の数々にはギリシャの偉大なる先達テオ・アンゲロプロスの影響すらもかいま見えてくる。

男は町を彷徨するのだが、そこでマリア(Marisha Triantafyllidou)という女性と知り合いになる。そのまま一夜を共にするのだが、彼女の様子が何かおかしいことに男は気づく。そしてマリアは自分の子を妊娠していると主張し始める。更に当惑する男に対して、彼女は信じられないことを告げるのだ。男は過去自ら命を絶ちながらも、自殺した日がやってくると甦り、最期の日々を繰り返しているのだと。その話を信じられない男は、真実を見つけるため再び町へと赴く。

この物語の核となるのは“自分は一体何者であるのか?”という普遍的な問いだ。この世において自分という存在に何の意味があるというのか、自分はただ歴史の海へと消えゆくだけの定めなのか。男は自身の存在意義を見つけるために、ただひたすら歩み続ける。

そうして彼は自分が何者だかを知ることになる。名前はKostas Karyotakis1920年代に活躍した表現主義/シュールレアリズムの詩人であり、しかし誰にも認められぬ不遇の末、1928年に32歳で入水自殺を遂げたというのだ。現代においては彼の伝記ドラマがTVで放映され、美術館では自殺を遂げた詩人の1人として彼の似姿が展示されている。そんな真実は彼を生の迷宮へと追い込んでいく。このメタ的な構造が物語を更に深いものにもしていくのだ。

この“Impressions of a Drowned Man”は歴史上の人物をモチーフとして紡がれていく、実存主義的な作品だ。世界における自分という存在が真実と虚構、現実と幻によって常に震わされ続ける。そうして再びの自殺の時が迫りくる時、男が選ぶ道筋とは……

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
その225 Jérôme Reybaud&"Jours de France"/われらがGrindr世代のフランスよ
その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる
その229 マッティ・ドゥ&"Dearest Sister"/ラオス、横たわる富と恐怖の溝
その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
その232 Asaph Polonsky&"One Week and a Day"/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ
その233 Syllas Tzoumerkas&"A blast"/ギリシャ、激発へと至る怒り
その234 Ektoras Lygizos&"Boy eating the bird's food"/日常という名の奇妙なる身体性
その235 Eloy Domínguez Serén&"Ingen ko på isen"/スウェーデン、僕の生きる場所
その236 Emmanuel Gras&"Makala"/コンゴ、夢のために歩き続けて
その237 ベロニカ・リナス&「ドッグ・レディ」/そして、犬になる
その238 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
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その242 Ali Abbasi&"Shelly"/この赤ちゃんが、私を殺す
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