鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Aleksandr Khant&"How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home"/オトンとオレと、時々、ロシア

ロシアと言えばソ連時代から連綿と続くアート映画大国だろう。ジガ・ヴェルトフアンドレイ・タルコフスキーアレクサンドル・ソクーロフアンドレイ・ズビャギンツェフなどなど文芸映画の担い手であった映画作家たちは枚挙に暇がない。だが今回はそういう文芸映画だとか高尚なものは全て忘れろ!ということで今回はロシアの現在を描き出すハイテンション不謹慎コメディ、Aleksandr Khant監督作“How Viktor 'the Garlic' Took Alexey 'the Stud' to the Nursing Home”(題名長すぎ!)を紹介していこう。

主人公は“ニンニク”という渾名を持つ男ヴィクトル(Evgeniy Tkachuk)だ。彼は筋金入りのチンピラ野郎で、子供も妻もいるのに夜は悪友たちと酒をブチ込みまくりバーにいる女を口説きまくり、そして泥酔状態で家に帰ってきたかと思うと、二日酔いの状態でゴミ収集所での仕事を適当にこなしていく。彼の日常はそうやって刹那的に過ぎ去っていく。

まず今作はロシアのクソッタレ野郎の豪快なクソッタレぶりを存分に描き出していく。自分の浮気相手に言い寄ってくる相手を外に連れ出して鉄拳で一発KO、更に浮気相手と車の中でガンガンヤりまくって、家へ堂々のご帰宅だ。するとそんな現状に嫌気が差した妻と喧嘩になり、流れでビール瓶を持ち出され頭をカチ割られる始末。そんな破天荒な状況がハイテンションで以て綴られていく訳である。

その中で印象的なのは映画の色彩感覚だ。撮影監督Daniil Fomichevの映し出す世界には赤やら緑やら黄色やらのクラブに満ちる明かりを思わせる極彩色が広がっている。デンマークのキレキレ作家ニコラス・ウィンディング・レフン映画さながら、常に色味はバッキバキに輝いている。そんな場所で暴飲に暴力に暴走が描かれていく様は、脳髄をブン殴ってくるような攻撃性に汪溢しているのだ。

ある日、ヴィクトルは長年音信不通であった父の“イケメン野郎”アレクセイ(Aleksey Serebryakov)と再会することとなる。彼が家族を捨てたのがきっかけで母親は首吊り自殺を遂げヴィクトルは孤児になってしまった。それ故、彼は父親に対して敵意剥き出しだが、既にアレクセイは寝たきりで言葉すら発せられない状態に陥っていた。そしてひょんなことからヴィクトルは彼を老人ホームまで送るというクソ最悪な仕事をやらざるを得なくなり、奇妙な旅路が幕を開けることとなる。

こうして“How Viktor”は喧しいロードムービーの様相を呈し始める。道中、おっぱいにタトゥーを入れた鶏連れのねーちゃんが乗ってきたかと思うと、おっぱいに見とれたヴィクトルは豪快に事故ってしまう。そして痙攣しまくって超ヤバい感じの父親を病院へブチ込むと、何の注射を射たれたかは分からないが、何故か寝たきり状態から奇跡的に大復活、何処からか銃を持ち出してヴィクトルに要求する。“俺には行かなきゃならん所がある。そこまで連れてけクソッタレ!”

そんな訳でロードムービーは更に父と子の関係性を描き出す道筋となっていく。道中で、ヴィクトルはアレクセイがやらかしてきたらしい数々の悪事を目撃することとなる。その中には現在進行形で自身がやっている悪行を彷彿とさせるものもあり、ヴィクトルは嫌悪感を催すほどの父親と同じ轍を踏んでいるのではないか?と内省せざるを得なくなる。そんな中でアレクセイのある過去が発覚した時、彼はとうとう真実の父親と対峙せざるを得なくなる。そしてそこには絆が生まれる…………のか?

題名の奇妙さと同様に“How Viktor”はなかなかに奇特な味つけをされた父子のロードムービーだ。何よりも笑いのセンスという奴は国によって異なるため、コメディ映画は国境を越えるのが難しいとは言われるが、本作もある側面ではそれが言えると思われる。だがロシア産のコメディ映画ってこんなんなんだなぁと観たりするのもまた一興と言うべきだろう。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
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