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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Sarah Daggar-Nickson&"A Vigilante"/破壊された心を握りしめて

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DVとはただの暴力なのだろうか。いや、違うだろう。それはかつて愛していた者によって愛の名の下に行われるものであり、それは被害者の心と身体を深く深く破壊してしまう。そうして壊されてしまった人々は、ボロボロになった全てを引きずって生きていくことになる。そんな暴力の後に広がる人生とは一体どのようなものなのか。Sarah Daggar-Nickson監督によるデビュー長編“A Vigilante”が描き出すのは、こうして広がるだろう風景なのである。

ある女性がサンドバックを拳で打ち続けている。その視線は獣のように鋭く、それだけでサンドバックを突き通してしまうのではと思うほどだ。部屋には拳が固い表面に衝突する音と、唇から漏れ出る切っ先尖鋭な息だけが響き渡る。彼女は何のために、ここまで真剣に、何かに突き動かされるようにサンドバックを殴り続けるのか。観客はそう思うだろう。しかしそんな思いを尻目に、彼女は鋭くサンドバックを見据えながら、拳を叩きこみ続ける。

今作の主人公はセイディ(「カワイイ私の作り方 全米バター細工選手権!」オリヴィア・ワイルド)という女性だ。彼女はアメリカを放浪する日々を送っていた。そんなセイディは旅の途中にあることをしていた。それはDVに苦しんでいる人々を助けるということだ。助けを求められる度に、彼女は被害者たちの元へ赴き、加害者たちを社会的に抹殺していく。そうしてセイディは去っていく。ある目的を果たすために。

今作はそんなセイディという女性の姿を描き出したドラマ作品だ。まず監督は彼女が救出を遂行していく姿を綴っていく。セイディは被害者の家に行き、加害者である夫と対面する。弁護士を装い財産と家の妻への譲渡を宣告した後、彼女は被害者が受けた暴力を彼にも味あわせる。だが監督はそれを直接映し出すわけではない。カットが切り替わった瞬間、血まみれの加害者がそこにはいるのだ。そして彼は満身創痍で手続きを終えた後、車でどこかへと去ることを余儀なくされる。こうして監督は加害者を社会的に抹殺していく過程を、緊張感たっぷりに描き出す。

それでも、ここには犯罪映画などが持つ暴力の快楽は存在しない。寒々しいまでの淡々さによってそれを映し出していく。そして基本となるのはセイディが灰色の世界で孤独な旅を続ける姿である。部屋でトレーニングをする、車で道を走り続ける、DV加害者を社会的に抹殺する、部屋でトレーニングをする。そういったものが映画的な快楽を排しながら、描かれていくこととなる。

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その過程で効果的なのが撮影と音楽だ。撮影監督Alan McIntyre Smithが浮かび上がらせる世界は常に灰色が付きまとう、凍てついたものであり、それこそがDVによって傷ついた後に広がる荒涼たる風景だと私たちに語る。そしてDanny BensiSaunder Jurriaans担当の音楽はそんな世界に不穏に響き渡る類いのものだ。まるで緊張に早まった鼓動のようなパーカッションが、観ている私たち自身の鼓動をも早めていくのだ。

だが、セイディはなぜDVの被害者たちを助け続けるのだろうか。その答えは時おり挿入されるフラッシュバックの中にある。彼女は自助グループの集団カウンセリングの場にいる。被害者たちが自分たちの経験をシェアする中で、彼女は窓の外を見つめ、虚ろな表情を見せる。それでも参加者に促され、彼女もまた自身の経験を語る。自分に暴力を振るい続けた夫(Morgan Spector)が、最後には自分たちの息子を殺害することになったこと。そして彼は殺人の発覚を恐れて、逃亡したこと。セイディが旅を続ける理由はそれだ。自身もDVサバイバーであり、自分を破壊した夫を探し求めていたのだ。

レイプリベンジというジャンルをご存じだろうか。文字通りレイプされた被害者女性が加害者たちに残酷な形で復讐する姿を、エクスプロイテーション映画的な見せ物演出と共に描き出す作品群だ。今作はこのジャンルを換骨脱胎した作品と言えるだろう。見せ物的な側面は排しながらも、被害者の悲しみとそれゆえの復讐を淡々と描き出す今作は、70年代などには生まれ得なかったものだろう。

さて、今作の核になるのは主人公のセイディを演じたオリヴィア・ワイルドの存在感に他ならないだろう。DVによって心を破壊されながらも、復讐心を胸に灰色の世界を進み続ける彼女の姿を、ワイルドは凄まじく濃厚な怒りと悲しみを以て描き出している。社会的抹殺のその時、両目の脇に穿たれる影の色濃い皺には、DVサバイバーとしての深い悲哀が滲んでいるのだ。

だがそれ以上に印象的なのは、彼女の身体性だ。劇中では、セイディがトレーニングをする場面が多く描かれる。ストイックなまでの鍛練の間、剥き出しになった肌には夫からつけられただろう傷が多く刻まれている。そんな惨たらしい過去を背負いながら、彼女は身体を動かし続ける、拳を打ち込み続ける。その悲壮な躍動感が、身体だけでなく心にまで刻まれた傷の深さを語るのだ。

そして、その果てに対峙の時は来たるのだ。監督は不気味かつ不穏な演出で以て、孤独で絶望的な闘いに身を投じるセイディの姿を描く。この腰の据わった手捌きは、初めて長編を監督したとは思えないほどに磐石なものだ。そんな彼女の厳たる視線によって描かれる闘争は、私たちの胸を畏怖で満たしていく。そうして“A Vigilante”はDVという凄惨な暴力によって変わってしまった人生の行く末を描き出していく。

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