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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Rick Alverson&"The Mountain"/アメリカ、灰燼色の虚無への道行き

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Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
Rick Alversonの略歴と諸作品についてはこちら参照

ロボトミー手術とは前頭葉の一部を切除する手術法である。主に双極性障害統合失調症など精神的な病を患った人々に行われ、彼らの症状の緩和が期待された。しかしそれ以上に人間性の剥奪をも意味するこの手術は非人道的なものと見なされ、現在では行われていない。今回紹介するRick Alverson リック・アルヴァーソン監督作“The Mountain”は、そんな恐ろしい手術を通じてアメリカの真実を暴き出そうとする作品である。

青年アンディ(「THE FORGER 天才贋作画家 最後のミッション」タイ・シェリダン)はスケートリンクの管理員をしながら、父(「残酷!女刑罰史」ウド・キア)とともに暮らす日々を送っていた。しかし突然彼がこの世を去り、アンディは独りになってしまう。そんな時に現れたのが父の友人だというファインズ医師(「美女と時計とアブナイお願い」ジェフ・ゴールドブラム)だった。彼に求められるがままに、助手としてアンディは旅を始めることとなったのだが……

ファインズ医師こそが、先述したロボトミー手術の権威であった。しかし50年代においては投薬など精神病に効果的な治療法がいくつも発見され、ロボトミーの有用性が見直されている時期にあった。だからこそファインズ医師は伝道師のように各地を旅し、ロボトミー手術を行うことでその効果を喧伝しようとしていたのだ。アンディはその様子を写真に納めることでそれを助ける助手として雇われた訳である。

そしてアンディは様々な光景を撮影していく。まだ施術されていない精神病院の患者、ファインズ医師が手術を行う真っ只中の風景、施術された後に“正常”となった患者の姿。医師にピタリと付いていきながら、アンディは各地の精神病院を周り、異様な現実を目撃する。ここにおいてAlverson監督の手つきは、ひどく淡々としたものだ。センセーショナルに恐ろしさを煽り立てる訳ではなく、静かに現実そのものを1つずつ提示していく。その淡々さは全く以て不気味なものだ。

更に撮影監督Lorenzo Hagermanによる空間の切り取り方も異様だ。彼は重く腰を据えながら、微動だにすることなく、目の前の光景を撮し続ける。その時に際立つのは登場人物や物体ではなく、むしろ空間に存在する虚ろな空白の数々だ。アンディの傍らに、ファインズ医師の後ろに空白はいつであっても存在している。まるで全ては等しく無であるとでも主張するように。その虚無の数々は観客の心を凍てついた不穏さで震わせるだろう。

もう1つ印象的なのは画面に常にかかる灰の色味だ。まるで黙示録後の世界に広がるような灰塵が、世界を覆い尽くしているのだ。色彩を刈り取られた世界は、どこまでも虚ろであり希望はどこにも存在していないように思われる。それと同時にこの風景はどこか崇高なもののようにも思えてくる。破壊された後の世界を描き出す絵画を、まるで目の当たりにしているようなのだ。それは畏敬と恐怖を同時に、観客に感じさせるだろう。

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そしてこの灰色はアンディの心情に重なっていく。元々父とも心に距離があった彼は、ずっと孤独な青年であった。その孤独の中で膨れ上がるのが性的な欲求不満だ。彼はセックスする男女を窃視することでそれを発散している。ファインズ医師と旅をしている間もその灰色は晴れることがない。孤独は、欲求不満は、日に日に深まっていく。

そんなある日、アンディたちはジャック(「リビング・デッド サバイバー」ドゥニ・ラヴァン)という男と出会う。彼はニューエイジ思想を信奉する団体を率いる男であったが、ファインズ医師に自分の娘であるスーザン(“Stinking Heaven” ハンナ・グロス)を処置してほしいというのだ。そしてアンディは自身と同い年ほどのスーザンと出会うのだが、この出会いが彼の運命を狂わせていく。

ここからは少し監督のアルヴァーソンについて紹介していこう。私が考えるに、彼はアメリカ映画界において一二を争う偉大な作家であることは間違いない。彼が描き続けるのはアメリカという名の虚無である。2012年製作の彼の出世作“The Comedy”はいわゆるヒップスターと呼ばれる人々の生態を淡々と描き続けることで、現代のアメリカに広がる圧倒的な虚無を描いていた。そこから更に前進し、2015年製作の“Entertainment”では広大な荒野を舞台として、アメリカの深淵を深く深く潜航していった。

そして最新作である今作“The Mountain”の舞台は1950年代である。第2次世界大戦終結後、空前の好景気に見舞われたアメリカは大量生産・大量消費の栄華、郊外での穏やかな幸福を手に入れることとなった。この時代はアメリカン・ドリームの象徴であり、ここには色とりどりの夢と希望が存在していたのである。だが数多くの映画作家たちはこの時代にこそアメリカの歪みは存在していたと主張する映画を多く製作している。例えばデヴィッド・リンチブルー・ベルベットトッド・ヘインズ「キャロル」などが一例である。

“The Mountain”はこの系譜の最先端に位置する作品であり、ともすればアメリカの過去を最も荒涼たる形で映し出したものであると形容できるかもしれない。Alversonはロボトミー手術という悍ましい所業を通じて、栄華の裏側にあった、夢とは遠くかけ離れた灰塵色の絶望を描いているのだ。そこに過去への郷愁は一切否定され、存在することはない。あるのは果てしなき虚無の荒野だけなのである。

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