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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Hassen Ferhani&"143 rue du désert"/アルジェリア、砂漠の真中に独り

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砂漠の真中で、たった独りだけで生き続けるのはどんな気分なのだろう。何もない風景をただただ見つめながら昼が過ぎ、夜が過ぎ、また明日が来て、何もない風景をただただ見つめ続ける。時々誰かがやってくるが、少しだけ立ち寄るだけで、しばしの会話の跡にはまた独りになる。そんな生活を送るのはどんな気分なのだろう。Hassen Ferhani監督作"143 rue du désert"は正にそんな生活を追体験できるドキュメンタリー作品である。

この映画の主人公はマリカという1人の中年女性だ。彼女はサハラ砂漠の真中で雑貨店を営んでいる。ほとんどの営業時間中に客が来ることはない。だから傍らにいるのは可愛らしいネコただ1匹である。しかしそんな人生に、彼女はゆったりと腰を落ち着けていた。

そんなマリカの日常生活を、監督はカメラを固く据えながら不動の姿勢で映し出していく。薄い水色の朽ちた壁を背にして、彼女はドアから見える風景を静かに眺めつづける。夕方は外に出ていって、やはり茫漠たる風景を見据えていく。時おり客がやってくる時は、椅子に座って彼らと楽しそうに語らいを始めるのである。

そんな会話には様々な事柄が現れては消えていく。例えば孤独について、マリカには子供も両親もいない。それに耐えられるのかと客は聞く。彼女は鷹揚な態度でそれに答える。例えば信仰について、最近は神に背く輩が多くなった、そんな輩でも神は許すだろうがと敬虔なイスラム教徒は嘆く。そしてマリカは信仰について取り留めもないことを語るなどする。

こういった会話の数々を、監督は途切れなき長回しで見据え続けるのだが、ここで際立つのが絶妙な間であるのだ。長回し故に編集によるリズムの操作はない。つまり自然に生起する会話の中に、やはり自然に絶妙な間が立ち現われてくるのだ。これが観客をクスリと笑わせてくれる面白みに満ち溢れている。これは後述するマリカの性格にこそ起因するものなのだろう

雑貨店には様々な人がやってくる。旅行中のバイカーたち、業界の未来を嘆く運送業者、若さを輝かせ騒ぐ音楽団、フランス語の新聞をマリカに読んで聞かせる優しい中年男性。現れる時間は短いながらも、彼らは日常に根差した個性を持っており、会話を聞いているだけで自然と笑みがこぼれることともなる。

しかし最終的に行きつくのは孤独なのである。会話を捉え続けた後のある時、カメラは遠くからマリカの小さな家屋を映し出すこととなる。周囲に広がるのは果てしない蒼穹と広大なる砂漠だ。その恐ろしい悠久に囲まれた家屋のちっぽけさは、観る者に恐怖を感じさせるほどだ。まるで宇宙空間に漂う朽ちた宇宙船のように孤独なのである。

そしてその孤独は周囲に広がる自然の崇高さによって強化されることになる。砂漠は余りにも果てしない。そこでは小さな動物たちが野性を謳歌しながらも、寂しげに歩いている。辿り着く先にあるのは、ガソリンスタンドの廃墟である。荒廃の極みたる様を湛えながら、消滅の時を待っている。そんな場所で生きるのはどんな心地なのだろう。

それでも、マリカがその孤独に負けることはない。常に大らかな態度を見せながらも、その内奥には孤独に抗する芯の強さが確かに存在しているのだ。確かに寂しさもある。時おり彼女は寂しげな横顔を私たちに見せることがある。マリカはそれをも越えていくのだ。"143 rue du désert"は砂漠に佇むちっぽけな孤独についての物語である。だがそれ以上にその孤独の中にある強さについての物語であるのだ。

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