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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Saeed Roustaee&"Just 6.5"/正義の裏の悪、悪の裏の正義

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さて、60年代から70年代にかけては骨太の刑事ものが流行った。例えば「ダーティ・ハリー」や「フレンチ・コネクション」など、アメリカではマチズモの塊である刑事たちが犯罪者たちを執念で追い続ける作品が多数制作された。イタリアでもそれを模倣した刑事ものが多く作られ、人気を博していた。今回紹介する作品、Saeed Roustaee監督による第2長編"Just 6.5"はそんな刑事ものの系譜に位置しながらも、現代的なツイストが施された意欲作である。

今作の主人公である中年男性サマド(Peyman Moaadi)は、署内でも1,2を争うほどの辣腕を誇る刑事だ。彼はその暴力的なまでの行動力と観察眼を以て、犯罪者たちを見定めて、彼らを次々と逮捕していく。彼の行動は行き過ぎの所もありながら、その実力は否定することができなかった。

冒頭、今作においてサマドと犯罪者の追跡劇が描かれるのだが、この場面は今作を象徴していると言ってもいい。彼らはテヘランの裏路地を全速力で駆け抜けていく。明らかに若者である犯罪者の方が足は速いが、サマドは必死に彼に喰らいついていく。監督はこの場面を密度ある緊張感と激しいアクションで描き出していく。この緊迫感が今作の要であると予告するように。

前述した通り、サマドの捜査方法には少々強引なところがある。彼は常時威圧的な態度を取り続け、犯罪者を脅迫するような行動を見せる。それ故に彼は同僚たちからも恐れられている。そんな彼が特に意欲を燃やすのが、麻薬関連の事件だ。今作のあらすじにはこうある。"自分が刑事になった時、麻薬中毒者は100万人だった。だが今じゃ650万人だ!"サマドの行動理念の底にはそんなイランの腐敗した現実がある。

そんなサマドに立ちはだかるのが麻薬王ナセル(Navid Mohammadzadeh)だ。彼は多くの麻薬密売人を従えて、テヘランの街を麻薬で汚染していた。幾重にも捻じ曲がった道を執念で突き進んでいった末、彼はナセルの元に辿り着く。彼は自殺を図っていたが、何とか蘇生させ、監獄へとブチ込むことに成功する。

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ここで物語は思わぬ転換を見せる。視点がこのナセルに変わるのだ。彼は凄まじい量の犯罪者たちが収監されている監獄に収容されることになる。もはや立錐の余地もない劣悪な環境において、ナセルはあらゆる手を使って監獄から抜けだそうと奔走するのだったが……

ここから物語は例えばパピヨンなどの監獄ものへと姿を変えることになる。この監獄の環境は最悪であり、人間がゴミのように扱われている。大人の他にも子供までもが収監されており、刑事たちもそれに対して何の疑問も見せないどころか、最低の犯罪者として糾弾する態度を崩さない。監督はナセルや同房の人々の苦境を通じて、この場所の凄惨さを語るのだ。

そんな人々の苦境を目の当たりにして、ナセルは自身の犯してきた犯罪と対峙することとなる。そして苦悩しながら、彼はこの凄惨な状況に対して義憤を抱き始めることとなるのだ。なおも警察による酸鼻に耐えぬ蛮行が罷り通る中で、ナセルは自分の成せる抵抗というものを警察に対して見せていく。

驚くべきはこの過程において、ただ純粋な悪であったはずのナセルの中に、かろうじて残っていた正義が立ち現われてくるところにある。今作において悪の背景にはイランの悲惨な現実がある。監督は悪を純粋な悪とせずに、そうした背景をナセルの背中に背負わせることで物語に複雑な政治を宿していく。

そして同時に、今まで正義を体現してきたサマドという人物の中に悪が現れ始めることとなる。彼は、そして警察機構は犯罪者に対して、その人権を少しも勘案することなく、徹底して抑圧してきた。この個人としての、組織として非道さを、監督は確かに悪として描き出しているのだ。

このようにして悪に中に正義が、正義の中に悪が立ち現われてくる末に、ナセルとサマドは激突を遂げる。車中で彼らは自分たちが置かれた現状に対して言葉を投げつけ、吠え続ける。その様は演じる俳優2人の勢いある演技も相まって、凄まじい熱量を伴っているのだ。"Just 6.5"は刑事ものや監獄ものなど様々なジャンルを行き交いながらも、その先にある境地に達した稀有な意欲作である。正義と悪の多面性を、監督は誰もできない独創的な形で描き出している。

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