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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mani Haghighi&"Pig"/イラン、映画監督連続殺人事件!

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現代イラン映画と言えば、アスガー・ファルハディ作品に代表される重厚なドラマ作品だろう。イランの厳しい戒律に端を発する問題、更にそれらが呼び込む親族・友人間の軋轢、そういった要素が濃密な緊張感を以て描かれてきた。だが今回紹介する作品はそういった潮流から興味深いまでに遠く隔たっている。ということで今回はMani Haghighi監督作"Pig"を紹介していこう。

イランの首都テヘラン、ここで猟奇的な殺人事件が連続して起こる。更に奇妙なことに被害者は全員映画監督だった。街では様々な憶測が流れる。イラン当局に非難される映画を製作した故に報復で殺されたなどだ。しかし真相は一向に明らかになることがない。

今作の主人公は50歳になる中年男性ハサン(Hassan Majooni)である。彼もまた映画監督であり、更にはその前衛的な作風もあって評判は広く知れ渡っていた。当然、被害者となった映画監督も知人である。そして更に映画監督が殺されていく中で、彼は自分自身の身を案じることとなる。

現代イラン映画の演出の特徴と言えば、抑制ゆえの緊張感であるが、今作にそういったものは一切ない。どちらかといえば、アメリカのコメディ映画に顕著な軽快さとポップなな大胆さが存在している。更には色味すらも極彩色が炸裂する瞬間があり、ファルハディ作品のような抑制は全く存在し得ない。

例えばOPのエビダンスである。エビを思わせる真っ赤な衣装を着た女性たちが、ペルシア語カバーの「ハイウェイ・スター」に合わせて、踊りまくるのである。そして突然霧が噴き出してきたかと思うと、エビたちは倒れ、粘ったゲロをブチ撒けて死んでいくのである。これには唖然とさせられるが、ここに代表されるポップな感覚が今作の根底にはある。

ハサンは映画監督としては才能があるかもしれないが、ぶっちゃけ人間としてはダメ野郎だ。常に不機嫌な雰囲気を纏いながら、イラつくとその怒りを周りの人間にブチ当てる。正直、自分からはお近づきになりたくない類の人間だ。監督はそんな彼の心の動転を、黒い笑いと共に丹念に追っていくのだ。

そして今作は果敢な態度で以て、現在のイランを諷刺しようと試みている。イラン当局による映画人への弾圧は広く知られているところだろう。例えば金熊賞受賞作の「人生タクシー」ジャファール・パナヒや、フィルメックスで作品が上映されているモハマド・ラスロフらは映画製作を禁止され、イランに軟禁状態の憂き目に遭っている(そんな状況で彼らはあらゆる手を使って映画を製作している訳だが)

さらに今作には「別離」で有名なレイラ・ハタミも出演している。彼女は2014年のカンヌ国際映画祭で実行委員長の頬にキスをし、イランから名指しで非難された。彼女の"不適切な振る舞い"は"われわれの信仰と一致しない"との副文化相の発言も残されている。そういった過去を持つ俳優が今作に出演しているというのも意図的なものだろう。イラン当局の抑圧は、芸術的才能の抑圧であり、殺人にも等しい行為であると今作は主張するのである。

ハサンは事件のせいで友人たちを亡くすどころか、自身が犯人と疑われて軟禁されることともなってしまう。その姿はまるで実際にイランの映画人たちに降りかかる不条理を追体験しているようだ。ハサンは彼らの受難の象徴なのである。"Pig"は表面上ポップで不謹慎なコメディ作品だが、その奥には危険で反体制的な風刺精神が込められているのである。

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