鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Oskar Alegria&"Zumiriki"/バスク、再び思い出の地へと

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良きにしろ悪しきにしろ、子供時代の思い出というのは人々にとって重要な意味を持つ。それは再現したり、修正したりすることができないからだ。だがそれでももう一度この思い出を再現しようとする者は確かに存在する。その過程では一体何が起こるのか。この思わぬ余波を描き出した作品が今回紹介するバスク映画、Oskar Alegria監督作の"Zumiriki"だ。

まず映し出されるのは、何者かが撮影したホームビデオである。ナレーションで以てその撮影者は明らかにされる。監督の父親だ。彼は自身が住む地域の文化を残すために、絶えず周りの風景を撮影し続けていた。そしてそこにはまだ子供であった監督も映っている。監督の思い出はそうしてこのホームビデオの映像と不可分となったのだ。

大人になった監督は、父の意志を受け継ごうと故郷の文化を映画として残そうとする。例えば彼が写すのは、この地に住む羊飼いたちの姿だ。彼らはみな80代であり、彼らが亡くなってしまえば文化も消えてしまう。ゆえに彼はその生活ぶりを映像に残していく。そして深夜には彼らに質問を重ね、古いバスク語の響きを録音していく。

こうして文化を残していく中で、彼はある場所へと再訪を遂げる。それは国境付近にある川だ。その中心には昔小さな島が浮かんでいた。しかしダムが建設されたことによって、その島は水の底に沈んでしまう。それでも監督の心にその風景は深く刻み込まれていたのだった。

そして彼はこの思い出を現在に再現しようと奔走することになる。まず行うのは、小屋の建設だ。川辺に小さな小屋を建て、そこに思い出の詰まった記念品を集めていく。更に彼はそこで独り実際に住むことになる。それによってこの地に思い出をまた芽吹かせようとしているのだ。

監督は自身の生活ぶりをつぶさに撮影していく。周囲には豊饒たる深緑の森、その色を濃厚に反映した川、鳥たちの清冽な鳴き声。様々なる美が広がっている。監督は大地を耕して作物を作ったり、自然の中で読書や詩作に勤しむこととなる。編集はとても小気味よく、軽やかなリズムで以て自然生活が綴られていく様は解放感に満ち溢れている。

だが監督はそれ以上の領域へと足を踏み入れていく。彼は自然に文字通り身を委ねていくのだ。彼は森中に監視カメラを設置して、動物たちの姿を観察していく。さらにその行動を真似して、例えば身体中に泥を塗りたくるなどの逸脱した行為に打って出る。彼は生温い決意で以て思い出を再現しようとしているのではない。すこぶる本気なのだ。

そんな本気の自然回帰ぶりに、観客である私たちは当惑をも覚えるだろう。動物の生態を真似たり、白い全身タイツを纏って自然の中で思索を重ねる。その度を越した身の委ね方は隠者の生活そのもので、シリアスな笑いすら誘われることがある。だがこの物語を体感するうちに、この自然への没頭が子供時代への深く真摯な思いに裏打ちされているということが、観客にも分かってくるだろう。

"Zumiriki"とは"川に浮かぶ小さな島"を表す言葉である。それは正に監督がこの隠者としての生活を始めるきっかけとなった場所である。この島はもう戻ってくることはないだろう。しかしそれを蘇らせようとする思い出への旅路は、監督の人生に新たなる意味を宿すこととなる。"Zumiriki"はその豊かな記録なのだ。

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