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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Dag Johan Haugerud&"Barn"/ノルウェーの今、優しさと罪

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さて、ノルウェーである。この国を含め北欧諸国は福祉や教育などがキチンと整備されており、それに関する書籍も多く日本で出版されているので、日本人にもこの国々に羨望の視線を向ける人々が多い。だがそれはこの国に問題がないことを意味しない。むしろ問題は日本と同じように山積みである。今回はそんなノルウェーの今を描き出した驚きの作品、 Dag Johan Haugerud監督作"Barn"を紹介していこう。

オスロ郊外に位置する小学校、ここで事件が起きる。授業の最中、ジェイミーという少年が事故に遭ったのだ。彼はそのまま目覚めることなく亡くなってしまうという最悪の結果を迎える。この事故は学校に波紋を投げかけ、対応を迫られることになる。

序盤において今作は事故に直面した人々の姿を描き出す。校長であるリヴ(Henriette Steenstrup)は教師たちを招集し、今後についての対応を会議するが収集は簡単にはつかない。そして事故の被害者であるジェイミーの親ペール(Thorbjørn Harr)、さらに事故を起こしたとされる加害者ナタリー()の親シグルドとエヴァ(Andrea Bræin Hovig&Hans Olav Brenner)、彼らは突然の出来事にどう対処していいのか分からず、途方に暮れてしまう。

監督はそんな渦中に投げ込まれた人々の日常を淡々と描き出していく。問題の合間、リヴは自身の学校で教師をする弟アナシュ(Jan Gunnar Røise)や母たちと実家で食事を楽しむ。ペールは自分に振りかかった悲劇に耐えられず、ただただ茫然とソファーに座り続ける。エヴァは事件の重要性を理解していないように思えるナタリーに対して怒りを爆発させる。そういった日常の風景が浮かんでは消えていくのだ。

そんな中でナタリーは証言を始める。彼女はジェイミーに苛ついたのをきっかけに、鞄で彼を叩いたというのだ。それが事故に繋がったと。警察がその証言を調査する中で、彼女が昔イジメを行っていたことなどが明らかになる。そしてこの動向の1つ1つが人々の心を掻き乱していく。

物語を進めていく毎に、監督は登場人物たちの心情を丹念に描き出していく。アナシュは事故当時に現場に居合わせた人物だ。しかしそれは事故後のことだ。彼はたった2分の間生徒たちから目を離しており、その時に事故は起こったのだ。この事実は彼を常に苛み続ける。そのせいで同性のパートナーであるヤン(Brynjar Åbel Bandlien)との関係性も少し微妙なものになってしまう。

シグルドとエヴァは娘が何故こんな事故を起こしたのか、今一体何を考えているのかが全く分からずにいる。それでも我が子を守るために行動を続けながらも、事態が好転していかないことに苦悩する。そしてペールは深い心の傷が癒えることはなく、激しい苦しみに苛まれる。その隣にはあのリヴがいた。

今作にはノルウェーという国の現状がスナップショットのように切り取られている。例えばペールとリヴの関係である。彼らは恋人関係にあるのだが、ペールは人種差別主義の政党に属する右派の政治家であり、一方でリヴは移民を積極的に受け入れるリベラルな小学校の校長である。相容れない思想を持つ両人だが、確かに愛し合っている。それでも関係を表に出すことは出来ず、この秘密が人々の不信感へと繋がることになってしまう。

監督のDag Johan Haugerudは映画監督でありながらも、小説家であり司書であるという異色の経歴を持つ人物である。そういった小説に携わる仕事を多くこなしているからだろうか、今作を観るのはまるで長編小説を読むような感触に似ている。157分という破格の上映時間において、監督は性急な演出に陥ることなく、鷹揚たる態度で出来事や登場人物の心を丁寧に描き出していく。

さらに語り方だけでなく、撮影技術も確かだ。彼と撮影監督であるØystein Mamenオスロに広がる風景を美しく切り取っていくのだが、そこにはまるで黄昏のような橙色など優しい色彩が宿っている。それは孤独にも似た肌寒さが漂う秋を思わせるもので、観る者に心締めつける切なさを運んでくる。そこには人生というもののままならなさが滲んでいる。

そして人々はそれぞれの岐路に立たされる。リヴはペールとの関係性を見つめ直さざるを得なくなり、アナシュも教師としての責任を直視する。ナタリーは司法による事故の審判を受けることになり、両親はその後の人生をどうするかの選択を迫られる。監督はそれに安易な答えを出すことはない。そこに至るまでの過程を、静かなしかし暖かい視線で見つめ続ける。何が起こるとも、人生は続いていくのだ。

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