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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tomas Vengris&"Motherland"/母なる土地、リトアニア

1991年12月、ソビエト連邦は崩壊することとなった。それによってこの国に支配されていた属国群は独立を獲得することとなる。パルト三国の1国であるリトアニアもその内の1つだ。そして他の国と同じように、独立によって様々な激動を経験することになる。今回はその激動を1人の少年の目から描き出したリトアニア映画、Tomas Vengelis監督のデビュー作"Motherland"を紹介していこう。

今作の主人公は12歳の少年コヴァス(Matas Metlevski)だ。彼は20年間に移住してきた母のヴィクトリヤ(Severija Janušauskaitė)と共にアメリカに住んでいた。だがソ連崩壊後の1992年、彼女は故郷であるリトアニアに戻ることを決める。あまり知らない故郷について不安を抱えながら、コヴァスは一路リトアニアへと向かう。

リトアニアでは驚きの連続だ。共産主義の美学が反映された建物の群れ、今までその存在も知ることのなかった親戚たち、アメリカから持ってきたお菓子の数々にはしゃぎ回る子供たちの笑顔。ヴィクトリヤと喋っていたのでリトアニア語は理解できるが、実際それに囲まれた生活をするというのは初めてであり、やはり当惑が先立つ訳である。

さて、ヴィクトリヤにはリトアニアに帰ってくる上である目的があった。ソ連によって奪われた父の土地を取り戻したかったのだ。ソ連が崩壊した今この時ならば、その好機があるのではないか?ということだ。しかし官僚主義的な機構は未だに覆らず、手続きは煩瑣を極める。事態をよく呑み込めないコヴァスはそんな光景をただ眺めていることしかできない。

Vengelis監督の演出はすこぶる繊細で儚げだ。90年代のリトアニアに広がっていただろう風景の数々が鮮やかな色彩を伴いながら、どこか幻想的な筆致で描かれていく。Kārlis Auzānsによるアンビエントな音楽と微かな風の囁きが、リトアニアの自然に重なる様はここに宿る脆い美というものを感じさせてくれる。

そんな中で、コヴァスはヴィクトリヤの友人であるロマス(Darius Gumauskas)という男の元で居候をすることになる。彼は煩瑣な手続きに苦心する彼女を助けてくれるのだが、その他の何か微妙な雰囲気が彼らに纏わりついてるのにコヴァスは気付いている。その一方で彼はロマスの娘であるマリヤ(Barbora Bareikytė)と出会う。最初は険悪なムードが広がりながらも、コヴァスは少しずつ彼女に接近しようとする。

物語において、監督はコヴァスの不安定な心を描き出そうとする。慣れない土地で不安なこともあるが、彼は家庭的な事情も抱えている。ヴィクトリヤはアメリカ人の夫と離婚しており、複雑な関係にあったのだ。それ故の孤独は、彼を肉体的な愛の渇望に走らせる。例えば空港の売店ではポルノ雑誌を万引きしたり、リトアニアの地元の少年少女がキスしているのを秘かに眺めたりする。そしてその先にマリヤがいるという訳だ。彼女の前でコヴァスの心は更に不安定なものになりながら、そこに大人になるための道があることも知っていく。

彼の心を描き出すにおいて、Vengrisは撮影監督のAudrius Kemežysとともにクロースアップを多用しながら、コヴァスの顔を映し出していく。何もかもが不安定な状態で、物憂げな表情を浮かべ続けるコヴァス。彼は自分の人生においても、リトアニアの未来においても何が起こるかなど一切分からないのだ。その揺らぎが彼の表情には濃厚に表れており、私たちの心をも揺さぶるのだ。

そしてその表情の揺らぎは、リトアニアという国の揺らぎにも繋がっていく。ヴィクトリヤは土地を取り戻そうと奔走するが、ここにはソ連の横暴によって抑圧されてきたリトアニアの歴史と過去が宿っている。一方でコヴァスが交流するリトアニアの若者たちが溌剌と輝かせる若さは、当時のこの国の開放感あふれる現在を示しているようだ。"Motherland"はコヴァスという少年の瞳に映る複雑な両極性を通じて、リトアニアの未来への思いを描き出しているのだ。