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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Dechen Roder&"Honeygiver among the Dogs"/ブータン、運命の女を追って

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さて、ブータンである。巷では世界一幸福な国と言われていたり、その言説に反するように真逆のことが語られたりと、日本ではその全容が定かではない。そんな国について知りたい時、一体何が役に立つかといえば、もちろん映画な訳である。ということで今回は未知の国であるブータンから現れた文芸映画、 Dechen Roder監督の初長編作品"Honeygiver among the Dogs"を紹介していこう。

今作の主人公は警察官であるキンレイ(Jamyang Jamtsho Wangchuk)という男だ。上層部の命令で、彼はブータンの田舎町で起こった殺人事件を捜査することになる。ある村で修道院長が何者かに殺害されたのだ。キンレイは村へと赴き村人に話を聞いていくのだが、その捜査線上に"悪魔"と呼ばれる女性が浮上する。

彼女の名前はチョデン(Sonam Tashi Choden)という。友人だという少女の証言を頼りに、とうとうチョデンと邂逅を果たす。キンレイは身分を偽り彼女に近付いていき、成り行きから彼女の旅に随行することになる。この旅路の最中に、キンレイはチョデンの素性を暴こうとするのだったが……

この作品の核となるのはチョデンという女性の存在だ。"悪魔"と呼ばれる彼女は、しかし穏やかで優しく、その名を示すような様子は見られない。それでも旅を続けるうち、何か不審な動きをすることにキンレイは気付く。彼女は森の草を焼き、不気味な儀式をするのだ。その光景が脳に焼きつき、彼は更に不思議な夢をも見ることになる。探ろうとすればするうち、むしろ謎は深まっていく。

そういった幻惑的な光景の数々を取り巻くのが、ブータンに広がる崇高なる自然だ。豊かな木々の合間には濃厚な霧が常に満ち満ちており、不穏な雰囲気を漂わせている。ふとした瞬間に何か恐ろしい妖怪でも現れ、私たちを襲うとでもいった風に。だがその恐れは畏れでもあり、この霧満ちる緑色の深淵を見ているうちに、私たちは畏怖に打たれることともなるだろう。

そんな中で、突如チュデンが失踪してしまう。彼女を探し求めるキンレイは同時に殺人事件の裏側をも知ることになる。事件が起きた当時、村では聖地と敬われる土地の権利に関して紛糾していたらしい。そしてそこにチュデンも関わっていたと。だからこそチュデンは修道院長を殺害してしまったのか、それとも……そしてキンレイは迷宮へと迷い込むこととなる。

今作はいわゆる運命の女、ファム・ファタールを軸としたノワール作品としての趣を持ち合わせている。キンレイはチュデンの幻惑的な魅力に酔わされて、闇の世界にその身を沈みこませていく。この狂わされる男というのはノワール映画の典型とも評すことができるだろう。今作の脚本はある意味でノワールの王道を堂々と進んでいくと言える。

だがRoder監督の演出は、例えば50年代のハリウッド映画や現代のネオノワール作品とは遠く隔たったものとなっている。彼女はブータンの大いなる自然を背景として、非常に遅々たるリズムで以てキンレイの彷徨を描き出している。そこにはピアノ線が張り詰めるような緊張感は存在しない代わりに、ドイツのロマン主義絵画と相対するような神聖さが存在しているのだ。そしてこの神聖さの中をキンレイは歩き続ける。この重々しい足取りが謎を更に深めていくのである。

更に今作に特徴的なのは、ブータンの文化がノワールという様式へ多分に注入されている点だ。監督は今作の出発点がダキニ天という仏教における神の一種にあると語っているが、物語内においてもチョデンが彼女の伝説について語る姿が挿入される。このブータンにしか存在し得ない特異性によって、物語は異様なる幻影へと姿を変えていくのだ。

"Honeygiver among the Dogs"は長い歴史を持つノワール映画が、ブータンという地で脱構築・再解釈されて生まれた作品だ。この土着的な魅力を味わう事のできる時、様々な国の映画を観て良かったと思えるのである。

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さてここからはAsian Movie Pulseに掲載されたRoder監督のインタビューの翻訳をどうぞ。ブータン映画界の現状や今作の構想源など興味深い事柄が網羅されているのでぜひ読んで欲しい。*1

●映画製作における最初の経験について教えてくれませんか?

始めたのは2004年、24歳の頃です。映画に興味があってニューヨークに少し住んでいたんですが、その時はただレストランで働くだけで下。生きるためにお金を稼ぐ必要があったからです。ニューヨークでは誰もが映画を作ろうとしていて、そのお金を稼ぐためにレストランで働いてるんです! いい経験ではありましたが生きるにはキツかったです。その時4人の友人がプレゼントにハンディカムを買ってくれました。とても感動しましたし、今振り返ると本当に大切なプレゼントだったと思います。それからブータンに戻ったんですが、映画監督は多くありませんでした。特にドキュメンタリーや商業的ではない分野の映画を作る人はいません。テレビ番組や商業映画を作る人ならいますが、その間に誰もいません。なので私は最初にハンディカム撮影の小規模なドキュメンタリーを作りました。舞台は私の故郷の村で、叔母がゾンカ語の読み書きを習うクラスを撮影しました。とても保守的な語りで、際立ったものや政治的なものは一切ありませんが、そこで編集なども学ぶことができました。時間はかかりましたが、嬉しかったのは何か月か後、多くのミーティングを経て、作品がテレビで放映されたんです。私にとっては新しい経験で、テレビ局の人々にとってもそうでした。実は外部の作品を放映したのが初めてだったんです。とても嬉しかったです。国立のテレビ局でお金も払ってくれました。それで、作品自体は学生映画のようであったとしても、自信がもらえました。それから誰も作っていなかったのでドキュメンタリーを作り続けました。雇われ仕事もやり始め、TV番組に規模の大きいドキュメンタリーを作ったりしました。金払いが良かったので最初の長編を計画することにもなりました。完成には10年以上かかりましたが。

●あなたは独学で映画を学んだと言いましたね。ブータンに映画学校あるんですか、それともインドやアメリカに留学する必要がありますか?

ブータンに映画学校はありません。小さな頃、留学したいと思ったこともありませんでした。ブータンに映画産業は存在しないので、興味はあっても将来的に仕事をする機会がなかったんです。さらに留学はとても高額で、インドには競争相手もたくさんいました。私には後ろ盾がなかったので、ここに可能性はないと思ったんです。

●女性であることは障害になりましたか?

いえ、そうは全く思いません。ブータンはとても平等な社会であって、インドなどの周辺国とは違うんです。ですから仕事をするにあたって差別を受けたり意気を挫かれたことはないです。しかし驚いたのは、そういう問題がないのにブータンで映画製作をする女性が多くないことです。思うに(女性はそういう仕事をしないという)思い込みや習慣が刻まれているんでしょう。

●ということはあなたはお手本であるということですね。おそらくあなたの存在によって、この分野で働く女性は多くなるでしょう。

そうですね!今作の後、会議などを撮影するという雇われ仕事を頼まれる機会があったんです。最初はやりたくなかったですが、自分がこれをやれば人々は女性もこういう仕事をこなせると思うかもしれないと思ったんです。実際私の元に来て"ああ、君は女性なんだね!"と言ってくる人もいました。なので私の存在が彼らの無意識に刻まれたことが、とても幸せです。

●あなたは若者たちが自身のキャリアを築けるよう、映画祭を運営しているそうですね。この計画について教えてくれませんか?

ええ、私と夫のPema TscheringはBeskop Tshechu映画祭の発足人です。私の経験を元にこの映画祭を始めました。短編を製作している時、サポートしてくれる機関や上映する場所がなかったんです。先に言った通り、TVか商業映画だけが選択肢だったので、映画を観たり上映する可能性が存在しない、若者が映画監督になりたいとそもそも思わなくなると感じました。なので映画祭は公共への教育的な役割も果たしています。無料でかつ上映場所は公共空間、ティンプーの中心地にある場所を予約して、そこに大きなスクリーンを設置するんです。私は映画作家に自身の作品を上映する場所を与えて、栄光も味わえるよう努力しています。賞を作り、国際的な審査員を招聘するなど、ここには欠けていた正しい映画祭の環境を作りました。私たちブータン人は映画祭も共同体的な感性も持っていません。産業はとても未熟で、商業映画しか毎年賞が与えられません。努力はしていますがとても厳しい状況で、いつも助成金を得られる訳ではない。日々行き当たりばったりです。全ては時間と金があるかに依るんです。

●今年は開催されますか?

まだ分かりません。前は2016年に開催しましたが、状況は更に厳しくなっています。映画を上映するためにライセンスや許可を取るのは官僚主義的悪夢ですよ。

●1つの家庭に2人の芸術家がいる状況はどのようなものですか?

(笑) 正直に言いますと、2人とも自分の仕事の方がずっと大切だと思ってるのでちょっと大変です。だけども時間を柔軟にやりくりできて、その間に色々とやりとりもできるのでその点はいいです。だから赤ちゃんを育てながら、私たち2人がここに来れた訳です。

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●"Honeygiver Among the Dogs"の構想がどこから来たか教えてくれませんか?

多くの異なるインスピレーションが1つになっている訳ですが、主な構想源はダキニ天の物語です。母は小説家で、幸運なことに私に色々なことを離してくれました。こういう話を聞ける少女は多くないことを知って、自分は更に幸運な立場にいると分かりました。私たちは男性――彼らはいつだって仏教徒の男性なんです――の物語を聞きながら育ちます。誰もがその物語や光景、映画を知っていますが、誰も仏教徒の女性については語りません。とても悲しいことで、彼女たちについてもっと知りたいと思いました。だからそんな物語を見つけ出し、繋がりを創り出すために個人的な旅を始め、それを映画にしたんです。伝記映画のようにたった1人の女性を描くということはしたくありませんでした。様々な女性の人生が繋がる様を見つけ出したかったです。そんな個人的な調査は映画において探偵が行う調査に重なっていきました。彼の抱く疑問、彼の考え方は旅の初めにおける私のそれと同じなんです。

●森で撮影された光景の数々はとても女性的でスピリチュアルなものであり、ティンフーでの光景と拮抗しています。そこでは男たちが行動し、物語はとても物質的になります。あの土地についての問題は現実的な問題で、現在のブータンで起こっていることなんですか?

今、人々はとても物質主義的になってきています。過去が全て良かったとは言いたくないですが、この物質主義が環境や人間の営みを犠牲にしていることには反感を覚えます。幸運なことに、ブータンでは国王が森林伐採を制限する法を通してくれたので、環境は守られています。なので今作の物語は現実的ではないです。しかし契約が紙で書かれなかったので別の人間が権利を主張するなどの問題が過去に起こっていて、そういったものにインスパイアされてはいます。大きな問題ではないですが、実際確かにありました。今作のコンセプトについて書いてる時、何が物質主義にかかわる問題か悩んでいましたが、友人が先と似たような話――彼女の隣人が同じような経験をしたと話してくれたんです。

●2人の主人公を創り上げる際のインスピレーションはなんでしたか?

チョデンについては何かを基にはしたくなかったんです。全ての女性を表現したいと思ったんです。キンレイについては彼を演じる俳優(Jamyang Jamtsho Wangchuk)に多くの映画を見せて、人物像を作ってもらいました。例えばプリズナーズL.A.コンフィデンシャルなどのノワール映画、表情を研究してもらうためにはサイレント映画を、そしてウォン・カーウァイ作品も観てもらいました。それからトニー・レオンの演技を研究して欲しいともお願いしました。存在感、空間への感性、堂々たる態度、それに浮かべる困惑……彼には多くの映画を観てもらいました。逆に、チョデン役の俳優(Sonam Tashi Choden)からは演じるための頼りは何か聞かれましたが、それはないと答えました。全く新しいイメージを纏って欲しかったし、捉えどころのないことがこの人物の本質なんです。演技経験は初めてで困惑していましたが、頼りにすべきものはないのでそれについて教えることはできないと言いました。

●物語の初め、キンレイが調査を始める時、村人たちはチョデンは"余所の人間だから"悪魔だと語りますね。こういった偏見が田舎にはあるんでしょうか?

そういう訳ではありません。問題は村人たちが彼女を嫌っていて、その理由が彼女が余所者だからというより異なる存在であるからということで。彼女が異なる存在なのは、誰も彼女について、彼女がどこから来たか知らないからです。ダキニ天は頻繁に旅をし、決まった場所に定住しないという事実を反映したかったんです。

●今作を製作する際、何か障害や問題に直面しましたか?

それはもう完全な悪夢と言う感じでした! 自分は映画をプロデュースする必要もありましたが、どうすればいいか全く分かりませんでした。ブータンにはプロデューサーはいません。財務を担当する人物はいますが、プロデューサーは雇えなかったので自分で自作のプロデューサーになるしかなかったんです。とても疲れる経験でした。監督と編集も担当していたからです。人々を指揮し、キャストやスタッフをロケ地に連れて行ってました。1日の最後には彼らを送り、朝は迎えに行ったんです。ケータリングの予算もないのでお茶も入れていました。身体的にとても疲れました。プロデューサーの仕事なんてする必要がなければと何度思ったことか。この仕事は他の仕事にも影響しますからね。物流管理的な問題で頭の中はいっぱいで、ブータンより外の国際的な映画祭でどう映画をプレゼンしていいかも分かりません。ググりましたよ、"プロデューサーは何をやるのか?"って、どれだけ疲れるか想像も絶するほどでした。監督をして、編集もして、プロデュースにさらに録音も。実際に痛みや病に襲われ健康診断も行いました。とても病んでいましたが理由も定かではなかったんです。赤ちゃんはいい時に来てくれたと思います。病に陥ることから守ってくれるサインのようでした。

●気分は良くなりましたか? あなたの作品は国際的にとても評価されていますね。

ええ、今はとても幸せです。私には1本の完成した映画作品があり、赤ちゃんもいて、万事快調に思えます。私はとても幸運でした。今は何がやりたくなろうとも容易に思えるだろうなと感じています。予算やサポートを受けることも何もかも。新しい計画についていくつか構想がありますが、赤ちゃんが育つまで待つ必要があるでしょう。彼女を授かった時「彼女が2ヵ月になったら仕事が始められる」と思いました。しかしそれが4ヵ月になり、今や7ヵ月で、たぶんこれが9ヵ月になり最後には1年になるだろうなと……準備ができたら自然と分かるでしょうし、突き詰めたいアイデアだってあるんです。

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