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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Tashi Gyeltshen&"The Red Phallus"/ブータン、屹立する男性性

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さて、ブータンは敬虔な仏教国である。それに裏打ちされた迷信も未だに根強く信じられている。そしてこの状況が抑圧的な構造を創り上げることもまま存在する。今回紹介するのはそんなブータンの現状を描き出した意欲作、Tashi Gyeltshen監督の初長編"The Red Phallus"を紹介していこう。

この映画の主人公は16歳の少女サンゲイ(Tshering Euden)だ。彼女はブータンの人里離れた田舎町に父であるアプ・アッツァラ(Singye)と共に住んでいる。彼は魔除けのための男根像を作る村唯一の職人であるのだが、サンゲイはそのせいで村人たちから疎まれていた。彼女は深い孤独の中で生き続けていた。

まず今作はそんなサンゲイの孤独の構図を丹念に描き出していく。彼女には友人がいないので、通学路をたった独りだけで歩いていく。さらに学校に着いたとしても、黒板には"アプ・アッツァラのチンコ"という言葉とともに男根が描かれていたりと、彼女は常に虐めに晒されている。家に帰ったとしても、父は罵詈雑言ばかりを吐き散らかし、自分を愛する素振りは微塵も見せない。

彼女の孤独を際立たせるのは、ブータンに広がる宏大な自然である。空には常に分厚い雲がまるで禍々しい竜のように広がり、太陽が照ることはほとんどない。そして地表には深緑色の木々や草々が繁茂し、その間には薄紫色の霧が蔓延っている。この光景は恐怖と畏敬を同時に、観客の心の中に浮かび上がらせるような力強さを持ち合わせている。

そして撮影監督のJigme Tenzingはそんな風景の数々を鷹揚たる態度で以て切り取っていく。彼はロングショットを多用しながら、巨大な自然に宿る巨大な崇高さを余すところなく映し取っていく。そしてその自然の中には、孤独に歩き続けるサンゲイの姿がある。この人間のちっぽけさというものが今作を構成する要素の1つとなっている。

今作を観ている際に想起したのはチベット映画作家ペマ・ツェテンの作品群だ。彼の作品はチベットの宏大な自然を背景として、人々の営みを描き出すものだった。撮影における自然と人間の対比もよく似通っている。おそらくこれは偶然ではないだろう。実はブータンに生きる民族の8割はチベット系で、ブータン公用語ゾンカ語とチベット語は文字を共有している。この2つの国には共通する精神性があるのだろう。

サンゲイにはある秘密がある。それは妻子のある中年男性パサラ(Dorji Gyeltshen)と実は関係を持っていることだ。彼らは広い野原の片隅で逢瀬を重ねている。だがある日、その秘密が父であるアプの知るところとなってしまう。彼は娘を誘惑したパサラの元へ赴くのだが、この行動が事態をさらに複雑なものにしてしまう。

今作の核となる要素はそんな父アプと娘サンゲイの関係性である。彼はいわゆる昔気質な人物で、娘への愛情を表に出さず辛くばかり当たる。そんな中で男根像を彫る後継者を探しているのだが、女性であるサンゲイは眼中にない。自身も虐めの根源であるこの職業を継ぐ気はないのだが、彼に無視されている現状には相反する思いを抱えているのだ。

この映画の題名は"The Red Phallus"、"赤い男根"を意味するものだが、これはアプが彫る男根像を意味するとともに物語に現れる有害な男性性を示しているとも言える。今作に出てくる男性2人はともに抑圧的な人物であり、サンゲイに精神的な暴力を加えてくる。それによって彼女は窮地に追いやられていく。有害な男性性によって苦しめられる女性の姿をサンゲイは体現しているのである。

しかしその果てに少女は反抗へと打って出る。それはこの社会に屹立する家父長制への反乱なのだ。"The Red Phallus"は迷信が深く根づいたブータンにおいて、1人の孤独な少女の姿を描き出した力強い作品だ。

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