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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Radu Jude&"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"/私は歴史の上で野蛮人と見做されようが構わない!

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ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
Radu Jude&"Țara moartă"/ルーマニア、反ユダヤ主義の悍ましき系譜
ラドゥ・ジュデの経歴及び今までの長編作品のレビューはこちら参照。

第2次世界大戦において、ルーマニアは枢軸国側として悍ましい戦争犯罪を犯していた。その最も大きなものがオデッサの虐殺だ。1941年、ルーマニア人はオデッサに集められたユダヤ人40万人を虐殺したのだ。この罪は今でもキチンと清算はされないままでいる。そんな中でルーマニア映画作家Radu Jude ラドゥ・ジュデはそんな自国の罪を普通ではない形で描くことを選んだ。その結実こそが彼にとっての集大成たる第6長編"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"だ。

今作の主人公は芸術家であるマリアナ(Ioana Jacob ヨアナ・ヤコブ)という女性だ。彼女には現在進行中の計画がある。それこそがオデッサの虐殺を再演することだ。彼女は資料や武器、衣装を集め、歴史博物館を拠点として、舞台の準備を進めていく。

物語はそんなマリアナの苦闘を描き出していく。この計画の準備は一筋縄では行かない。何せ自国の歴史の闇を描く計画だからである。例えばエキストラは今作を"反ルーマニア"的として離脱を表明する。出資者はスピルバーグシンドラーのリストを作ったように、もっと観客が喜ぶような作品を製作しろと脅してくる。障壁は想像以上に多いのだ。

Judeは撮影監督であるMarius Panduruと共に、腰の据わった長回しで以て目前の光景を観察していく。この演出はデビュー長編である"Cea mai fericită fată din lume"から第4長編"Inimi cicatrizate"まで一貫したものであるのだが、ここではその作風を更に尖鋭化させて登場人物たちの一挙手一投足を詳細に焼きつけていくのだ。

そうして長回しは舞台的な空気感へと結実していく。例えばルーマニアの人々が銃を持って構えドイツ兵の行動を再演する、手を挙げて逃げ惑いユダヤ人たちの行動を再演する。その様には"演じること"に否応なく付随する奇妙な生々しさが宿っている。

この舞台的な作風はこの作品それ自体の構成とも密接に繋がっている。つまり今作は舞台製作についての作品であり、ある意味でメタ的な感触を伴っているのである。ドイツ兵など演じる俳優たちを演出するマリアナを演じるIoana Iacobを演出するRadu Judeといった風に、入れ子構造がここには広がっているのだ。

さてここで普通のルーマニア人がオデッサの虐殺についてどう思っているのかを見てみよう。マリアナと彼女の愛人である男(Șerban Pavlu シェルバン・パヴル)との会話でこんな言葉が出てくる。オデッサの虐殺について話をしようとすると、共産主義の方がもっと酷かったと話を逸らしてくると。今のルーマニア人はオデッサの虐殺という自国の黒歴史に触れたくない訳である。

更に彼らはSergiu Nicolaescu セルジュ・ニコラエス監督の"Oglinda"という作品を鑑賞する。今作は第2次世界大戦時代にクーデターを起こした将軍Ion Antonescu ヨン・アントネスクを英雄として描いた作品だ。しかし彼はヒトラーを信奉する人物であり、ルーマニアにおけるホロコーストに関係したことでも有名だ。それ故に今作は"ファシスト映画"として非難されている。マリアナたちもまるでZ級映画を観るようにこの映画を腐しながら楽しむのだが、その時ちょうど将軍がホロコーストへの関与を否定する場面が現れる。つまりは右翼監督による虐殺隠匿が繰り広げられる訳だが、それが普通にテレビで流されてしまうのだ。マリアナは"もしドイツだったらこんなの流せる?"とこの状況を皮肉る。

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マリアナの行動原理には、ルーマニアに広がるこういった現実があるのである。世界の右傾化に共鳴するように、ルーマニアでも過去の罪と嘘が公然と罷り通ってしまっている。そんな状況を根本から引っくり返し、ルーマニアの暗部を白日の下に晒さないといけない、そんな固い意志が存在している訳だ。

そんな状況でマリアナはモヴィラ(Alexandru Dabija アレクサンドル・ダビジャ)という出資者の1人と論争を繰り広げることとなる。先述した"観客が喜ぶものを!"という主張は彼のものだ。彼は観客に親和的な感動の秘話を幾つも持ち出し、こういったものを作品にしろと迫ってくる。この光景は国が認めるような芸術だけを作るべきだと主張する人間がいる日本の状況と驚くほど似通っている。それに対してマリアナは敢然と立ち向かっていく訳だ。

そんな主人公であるマリアナの人物造形は今作の牽引力の核でもあるだろう。自分の計画のためには猪突猛進で進んでいきながら、ただの行動に終わらない怜悧な知的さも彼女は持ち合わせている。その積極的で攻撃的な芸術家ぶりはすこぶる魅力的なものだ。

その姿に私はあるキャラクターを思い出した。それは先日エミー賞で3部門を獲得した作品「フリーバッグ」の主人公フリーバッグである。皮肉屋で猪突猛進、面倒臭く生き汚い。我を通しまくりで周囲と衝突しまくる孤高の女。そんなフリーバッグがもし芸術家になってルーマニアの歴史の暗部に対峙したとしたら、こんな光景が広がっていたかもしれない。低音ボイスも彼女を想起させる。

そんなマリアナを演じるのはIoana Iacobである。ドイツとルーマニアを股にかけて活躍する人物で、主な活躍の舞台は演劇である。そんな彼女が上演の物語に主演するのだから正に適役というべきだろう。彼女はルーマニアをめぐる混沌に身を挺して飛び込んでいき、この物語を牽引していく。

そして上演が行われる訳であるが、そこでは勇猛なパレードが演じられることになる。この絢爛たる様に観衆が集まり始め、そんな彼らへ軍曹から国を賛美する演説が届けられる。それは愛国的なものから始まり、さらにはユダヤ人を排斥するような外国人差別的なものへと変わっていく。しかし観衆たちは反感を示すどころか、共感を示すことになるのだ。こうしてこの光景を目撃する私たちは、同時にルーマニアの歴史が改竄されていく様を目撃する。そこに生起する恐怖は正にポスト真実を象徴するようなものなのである。

"Îmi este indiferent dacă în istorie vom intra ca barbari"ルーマニアの負の歴史を複雑なままにかつ軽やかに描き出そうとするRadu Judeの真骨頂的な作品だ。その力強さは観客がが生きる国それぞれ――私たちにとっては日本――に巣食う悪すらも浮き彫りにしていくだろう。

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ルーマニア映画界を旅する
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その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
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その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
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その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
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その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
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その40 Mihaela Popescu&"Plimbare"/老いを見据えて歩き続けて
その41 Dan Pița&"Duhul aurului"/ルーマニア、生は葬られ死は結ばれる
その42 Bogdan Mirică&"Câini"/荒野に希望は潰え、悪が栄える
その43 Szőcs Petra&"Deva"/ルーマニアとハンガリーが交わる場所で
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その50 Radu Dragomir&"Mo"/父の幻想を追い求めて
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