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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mohamed El Badaoui&"Lalla Aïcha"/モロッコ、母なる愛も枯れ果てる地で

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母なる愛は強靭で偉大だ。何物にも負けることはない。映画や小説などの芸術作品はそうして母の愛の素晴らしさというものを喧伝してきた。そんな作品が誰もが信じる愛の強さ、そこに立ちはだかるものは何もないように思えてくる。だが何物も永遠ではなく、いつまでも最も強くあれる訳ではない。今回紹介するのはそんな現実の非情さを描き出したモロッコ映画Mohamed El Badaoui監督作“Lalla Aïcha”を紹介していこう。

今作の主人公は題名にもなっている女性アッラ・アイシャ(Angela Molina)だ。彼女は夫である漁師アギラスや5人の子供たちとともに、モロッコの海岸沿いに位置する小さな村で暮らしていた。彼らの暮らしぶりは平穏そのものであり、その豊かな静寂を掻き乱すものは何もないように思える。しかし彼女たちが安らかに暮らすその背後に、不穏な何かが迫ってきていた。

まず監督は、そんなアイシャたちの静かな生活を悠々たるリズムで描き出そうとする。彼女たちは海岸の岩地にシートを引いて、波の音を聞きながら、日の温もりを感じながら、食事を行う。その後にはロバや鶏など自身が飼っている家畜たちを世話したり、近所の住民たちに自分たちが作ったパンを配りに行く。これが彼女たちの日常であり、何物にも侵せない聖域のようにも思える。

しかし海では異変が起こっていた。ある時から、イルカの群れが海岸に押し寄せてきたのである。彼らは漁師たちの獲物である魚たちを喰い散らかし、更には漁をしている最中に網を破るなどの妨害行為にも及んでくる。そんなイルカたちのせいで漁獲量は壊滅的なまでに落ち、職を失う漁師たちまで現れる。そして夫も漁に出る途中、イルカと間違えてモロッコに漂流した難民を撃ち殺してしまい、罪に問われることとなってしまう。アイシャたちの日常は音を立てて崩れていく。

そしてアイシャの苦闘が始まることとなる。彼女は減刑のために裁判所へと赴き、請願を試みる。さらには家賃を支払うために家畜たちを売り払い、何とかお金をかき集める。子供たちも父親という開いた穴を埋めるために、奔走するのであるが、流れはよくならず、むしろ悪い方向へと傾いていき、彼らは徐々に追い詰められていく。

Jose Muñoz Molinaによる撮影は端正でとても美しいものだ。モロッコには優美で優大な光景が多く広がっている。液体金属のように暗い輝きを伴った海、その上で這いずり回る闇、海岸に並び立つ家々、喧騒と活気に満ち溢れた市場。それらは観客の目を息を呑むほどの美しさで撫でてくれるのだが、同時にその美には息苦しさも宿っていると分かってくるだろう。私たちはまるで真綿で首を絞められるような苦痛をも感じることとなるはずだ。

その源は、画面を覆い尽くす異様な色彩だろう。その特徴的な色味は、まるで疲労した金属にへばりつく鉄錆のような、不気味な雰囲気を宿している。この彩りがアイシャたちの生きる世界には宿っているのだ。彼女たちの状況が悪くなるにつれ、本来あるべき色彩が剥がれ落ち、錆ばかりになってくる時、私たちアイシャたちが腐っていく姿を目撃するのだ。

そして彼女たちだけでなく、町や世界自体が荒廃へと墜ちていくことにもなる。仕事が無くなった港では、失業者に成り果てた男たちが寝転がり、惰眠を貪ることになる。あまりの無力さから彼らは生きる気力を無くしてしまったのだろう。アイシャの息子は漁師としての仕事を何とか続けようとしながら、最後にはある悲痛な決断をする。そんな彼らとともに町は少しずつ息の根を止めていく。無惨な姿で死に向かっていくことになる。

さてここからは少しモロッコ映画界についての話をしよう。最近モロッコを舞台にした映画として“The Sky Trembles and the Earth Is Afraid and the Two Eyes Are Not Brothers”“Mimosas”が挙げられる。これらは世界の映画祭で評価を受けたが、問題なのがこれらの監督はモロッコ人ではないことである。前者の監督Ben Rivers ベン・リヴァースはイギリス人、後者の監督Oliver Laxe オリヴェル・ラシェガリシア人なのだ。その一方で、あなたは最近話題になったモロッコ人作家によるモロッコ映画を挙げられるだろうか。ほとんど無理だろう。つまりこういうことである。西洋から来た映画作家がモロッコで映画を撮り、その作品が実験的だと称賛される一方で、モロッコ人が製作した本物のモロッコ映画は見向きもされない状況が続いているのだ。これを植民地主義帝国主義・西洋中心主義と言わずに何と呼べばいいだろうか?

劇中、スペイン人の女性がこの町にやってきて、観光を楽しむ場面がある。彼女は海の風景やギターを弾く障害者の男を次々と撮影していくが、何も知らないままにすっと物語から消えてしまう。別に悪意がある訳ではないだろう。彼女は確かにこのモロッコという国に惹かれ観光しに来たはずだ。だがアイシャたちが直面している貧困など知る由もなく、彼女は撮影をして帰っていく。その姿は先に挙げた映画作家たちの姿にも繋がる。ただ良いとこ取りをしたいだけの外国人。今作がそれを意図しているかどうかは分からないが。

こうした意味で“Lalla Aïcha”はぜひ世界に観られるべき、モロッコ人によるモロッコ映画だ。アイシャの母なる愛は生存を求めて、力強く進み続けながらも、そこに立ち塞がる障害はあまりにも大きすぎる。そして時には、愛もまた絶望と貧困に呑みこまれるしかない時が存在する。そんな風景を、監督は静かに見据えていくのだ。

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