鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

貴方は誰?「私はゴースト」

私たちがまず目にする物、それは青空のもと不気味に聳え立つ洋館だ。観る者の心を波立たせるような、ひどく不穏な雰囲気をまとった場所。そしてカットが切り替わるごとに、カメラは洋館の内部へと入り込んでいくこととなる。玄関のドアに描かれている紋様は緑に染まった雪の結晶だろうか……廊下にともる3つの儚げな灯り……かすかに揺れるカーテン……最後に映し出されるのは上へと続く階段だ、しかし画面が揺れはじめ、いくつもの原色が明滅し、そのうち階段にフッと影が現れる。だがそれが何か考える暇すら与えず、浮かび上がる言葉こそが"I AM A GHOST"――H・P・メンドーサ監督作「私はゴースト」は、ホラー映画界において連綿と続く“幽霊屋敷もの”というジャンルを新たに語り直そうとする意欲的な作品だ。そしてその試みは劇的なまでに成功している

タイトルののち、物語は奇妙に動き出していく。白い服をまとった女性(アンナ・イシダ)が料理をしている、カメラはそんな彼女の姿を撮す、すると暗転、白い服をまとった女性がベッドで目覚める、カメラはそんな彼女の姿を撮していく、さらに暗転、白い服をまとった女性が朝食をとっている、そして暗転、白い服をまとった女性が洗面所で嘔吐している、そして暗転……ある女性の日常風景が固定カメラ&長回し撮影でもって執拗に映し出されていく。もし「約束の地」リサンドロ・アロンソが一歩も洋館から出ずに映画を撮影したならこうなるかもしれないとそんな感触すら抱かせる――そして奇妙なことに「約束の地」とは、スクリーンの四隅が丸まっているという共通点もある――閉所恐怖症的、そして覗き見的な観察、私たちは見てはならない物を見てしまっているのではないかという思いを強くしていく。

そして観客がこの光景が何度も繰り返されていることに気付く頃、話はまた動き出す。白い服をまとった女性がとある部屋にいる。彼女自身なぜそこにいるのか分かっていない様子だ。そんな彼女に“エミリー、エミリー”と呼び掛ける声が聞こえる。姿は見えず、ただ声のみの存在。そしてその存在は彼女に言う、あなたはもう既に死んでいる、霊媒師である私はあなたを成仏させるためにここにいるのだと。エミリーは事態をよく呑み込めないまま、自分の死の謎を探ることを余儀なくされる。

この映画のユニークな点は“幽霊屋敷もの”ながら、霊媒師ではなく成仏させられる側の幽霊の視点から物語が語られるという所だ。エミリーは死についても含めほとんど記憶を失っているゆえに、彼女自身が霊媒師/探偵の役割を担うことになる。しかし幽霊であるがゆえに普通の道行きが叶う訳がないし、そこがまたこの映画の魅力に転じていくのだから巧みだ。彼女が謎を追い、局面が変わっていくごとに映画の持つ異様さも姿を変えていく。75分というタイトな上映時間の中で、監督は一つの演出法(例えば先述のリサンドロ・アロンソ的撮影)に拘泥することなく、様々な趣向を凝らしていくことで“幽霊屋敷もの”という伝統的ジャンルに新たな魅力を吹き込んでいき、そして激動のラストへとなだれ込んでいく。

私はこのブログにおいてDVDスルー/配信スルー作という普段省みられない作品についてレビューを書き、そんな映画たちが少しでも日本に広まるよう努力しているつもりだ。そのような意味でこの「私はゴースト」という然るべき名作が、Badcatsという誠実なレーベルによって然るべく宣伝され、iTunesなどで然るべき客層に届いているというのは、とても嬉しいことだ。この動きが後に繋がり、配信サービスがもっと日本で広まることを願いながらこの記事を終えたいと思う。[A-]

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