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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる

このブログでは日本で知られていない監督について多く取り上げてきたのだが、いくつか自分の中で決めていることがあって、その1つに“マンブルコア世代の映画作家は取り上げない(個々の作品レビューは書くけど)”っていうのがあった。理由は簡単で「ハンナだけど、生きていく!」9月公開決定もあり、今後誰も彼もがマンブルコアについて書くだろうからだ。私は日本で誰も知らない人々、今後も私が紹介しなければ知られることはないかもしれない人々について書きたいのであって、どうせ色々紹介されることが分かっている人々について、自分がわざわざ書く必要はクソほどもない訳である。でもクリス・スワンバーグのことは誰も取り上げないんじゃないかって思いがあった。スワンバーグって名字から分かる通りマンブルコアの重鎮ジョー・スワンバーグの奥さんなんですよー、「ハンナだけど、生きていく!」にも出てるんですよー、とジョー・スワンバーグの添え物扱いで紹介されて終わり、とそんな感じ。それは悲しい、だって彼女は素晴らしい映画作家なんですから。ということで今回はクリス・スワンバーグについて紹介していきたいと思う。

クリス・スワンバーグ、本名クリス・ウィリアムスは1980年12月11日に生まれた。父が海軍で勤務していたこともあり、アメリカ各地を転々とする幼少期を送る。

“高校の頃は人類学者になりたかったのですが、引っ越し先のメンフィスの高校でTV番組製作に携わる機会に恵まれました。それがきっかけで、私は大学に行ってドキュメンタリー製作を学ぼうと決めたんです”*1

そしてスワンバーグは南イリノイ大学カーボンデール校に入学、そこでドキュメンタリーや実験映画を作る一方、彼女は後に夫となるジョー・スワンバーグ(2007年に結婚)と出会うが、クラスが一緒になることはなかったので共同で映画製作だとかそういうのは無かったらしい。2003年に卒業後、Webシリーズや短編ドキュメンタリーを製作していたが、2005年スワンバーグはジョーの初長編"Kissing on the Mouth"で本格的に映画界デビュー、彼女は俳優の他に脚本・助監督・撮影も兼任。2006年からはシカゴの公立高校で教師として映画について教えながら、2007年には9月に日本でも公開される「ハンナだけど、生きていく!」を皮切りに、ジョーがクリエイターのWebドラマシリーズ"Young American Bodies"に携わり、Frank V.Ross監督作"Present Company"にも出演。が、2008年教師をクビになってしまう。しかし彼女はへこたれることなく、職を探したり大学院に通ったりしながら、2009年、初長編"It Was Great, But I Was Ready to Come Home"を監督することとなる。

失恋の痛手を引きずるアニー(スワンバーグ)とカム(Jade Healy)はコスタリカへと親友2人旅。火山を登り、サーフィンを楽しみ、素敵な出会いを果たし、彼女たちは一体何を見つけることになるのだろうか……後の"Unexpected"にも通じる、女性同士の友情を描き出すこの作品は1万ドルという超低予算で製作された。それでいて協同脚本・編集は「セインツ」のデヴィッド・ロウリー、撮影監督はリン・シェルトン諸作や「彼女はパートタイム・トラベラー」を手掛けたベンジャミン・カルスキーなど今見るとかなり豪華なスタッフ陣。そしてSXSW映画祭の劇映画コンペティションに出品、好評をもって迎えられた。

それから後、彼女は夫の監督作"Alexander the Last"などに出演しながら、職を探していた……はずが、とある事業に打ってでることになる。自分の結婚式でギフトとして贈られたアイスクリームに大感動したのをスワンバーグは思いだし、自分もアイスクリーム作ってみるか!!!と自身のブランド"Nice Cream"を立ち上げたのだ。何でそうなるんだという感じだが、フレーバーの多様さが評判となり事業はまさかの爆当たり、"Nice Cream"はシカゴ1のアイスクリーム会社に(ということで、上の写真は自社の広告写真という訳である。この満面の笑みを見れば売れるのもわかる気がする)。スワンバーグはクビになった元教師からアメリカンドリームを掴んだ事業主に大変身と、全く映画と関係ない方向で超有名人となったのだ。しかしそんな彼女にとんだ不幸が舞い込む。2011年、無免許を理由に"Nice Cream"は閉鎖を通告されてしまったのだ。一気にドン底、かと思えばジョーとの間に息子ジュードが誕生と人生乱高下、スワンバーグの人生自体がもう映画みたいなのである。そして2012年には長編第二作"Empire Builder"を監督する。

妊娠・出産を経て、ジェニー(このブログで何度も名前を出しているケイト・リン・シェイル)の人生は激変してしまう。フード・アクティヴィスト、人類学者としての日々は全て子育てに費やされていくことになる。そんなある日彼女はモンタナの山小屋へと出かけるのだが、そこで管理人として働く男カイル(Bill Ross Ⅳ)と危険な関係に陥っていく……夫役はジョー・スワンバーグ、息子役はジュード(上の写真で渋い顔してる赤ちゃんが彼)、更に主人公の設定は人類学者と、スワンバーグ自身の境遇をモロに反映したこの作品、Chicagoreaderによるとファスビンダーの「何故R氏は発作的に人を殺したか?」に似ているらしい。うーん観たい。その後も"Art History"や"The Zone"などジョー・スワンバーグ監督作、夫の盟友タイ・ウェスト監督の"The Sacrament"などに出演しながら、2014年には短編"Baby Mary"(スワンバーグの公式vimeoで鑑賞可)を監督、そして翌年スワンバーグは長編三作目"Unexpected"を監督する。

サマンサ(「アベンジャーズ」コビー・スマルダース)はシカゴの高校で化学の教師をしていたのだが、財政難のため廃校が決定してしまい、先行き不安な日々を送っていた。しかし予期せぬ出来事は続くもので、ある日サマンサは自分が妊娠しているのを知る。「私が妊娠したから結婚しようって、そういうのは止めて」「違う、僕たちは家族になるんだよ!」そんな熱意に押されサマンサは恋人のジョン("Workaholics" "The Mindy Project"アンダース・ホルム)と結婚、不安は不安だけど、でも、大丈夫かもしれない……そう思い始めた彼女にまたも予期せぬ事態が降りかかる。サマンサが受け持つクラスの生徒ジャスミン(Gail Bean)が同じく妊娠したというのだ。ジャスミンは成績優秀で未来がある、そんな未来を母親となることと引き換えに諦めて欲しくない、そんな思いでサマンサはジャスミンが大学に行けるよう奔走するのだが……

サマンサは化学の素晴らしさを子供たちに伝える、そんな仕事に生き甲斐を感じている女性だ。しかし高校の廃校と予期せぬ妊娠でそんな日々が崩れていってしまうのを恐れてもいる。私は母親になる資格なんかない、私のアイデンティティーが“誰かの母親”ってだけになるのは嫌だと、本音がこぼれる時もある。一方でジャスミンは、自分は母親になるのが夢だったとそう喜びに顔をほころばせる。祖母や二人の子供を持つ姉と共に生活している彼女は、しかし恋人にお腹の子供の父親になる資格はあるのかだとか、大学への進学は諦めなくてはならないのかだとか、そういうことに頭を悩ませている。そんな母親になることに対する苦悩を抱えた2人が友情を育んでいく様をスワンバーグ監督は暖かい眼差しでもって描き出していく。一緒にマタニティヨガ行ったり、ジャスミンが自分の車の中でめっちゃ汚いお菓子の喰い方するからサマンサがめっちゃキレるだとか、何かそういう描写がいちいち素晴らしい、女性同士の友情を瑞々しく描く作品というのはそれだけで良い物だ。

“これは私にとって3本目の長編作品ですが、前の2本は小規模で即興演技ベースの作品だったので"Unexpected"が私のデビュー作という気もしています。実際、私は高校で教師として働いていたので、パーソナルな作品でもあるんです。何年か、西シカゴの高校で映画・映像について教えていて、生徒たちとは素晴らしい関係を築いていましたし、それが物語の着想元にもなっています。そして妊娠すること、母になることに対する私自身の考えを多く反映させてもいるんです”とスワンバーグは語る。*2

「何か、今までと違うってそういう感覚ない?」サマンサはジャスミンに問いかける。「どういう意味?」「こう……世界が一瞬にしてガラッと変わってしまったってそういう……」「それが妊娠したってことじゃないの」2人はより良い未来のために行動を開始するのだが、現実はそう甘くはない。ジャスミンが赤ちゃんを育てながら通える大学を探す、探し出せたとしても奨学金の問題だってある……そしてサマンサ自身も次の仕事を探すのだが、やはりそこには高い壁が立ちはだかっている。そうして2人はお腹が膨らんでいくと共に、そこで1つの命が育ってきているのを感じながら、それぞれに自分を見つめ直さざるを得なくなる。そんな苦悩を経てサマンサとジャスミンが進んでいく道は、観客によってはふうむ……と思う類いの物かもしれない(実際、私がふうむ……となった)。だがランタイム87分という短さの中で監督は心の移ろいを丁寧に丁寧に描き出し、これもまた1つの選択肢なのだとそんな風に道行きを提示する。そこには観客一人一人が自分の身に近づけて考えるための余白があり、だからこそ、この"Unexpected"の温もりは誰かにとって大切な物となってくれるだろう。

この"Unexpected"は夫の最新作"Digging For Fire"と共に仲良くサンダンスでお披露目された。ちなみに夫婦で別々の作品を出品というのはサンダンス史上初らしい。今後の活動としては「ライフ・アフター・ベス」のジェフ・バエナ監督がオーブリー・プラザ、ニック・クロール、ジェイク・ジョンソン、ジェニー・スレイト、アリソン・ブリージョー・スワンバーグ、更にはアレックス・ロス・ペリーにポール・ワイツなど、超絶豪華キャストを集め製作した第二長編"Joshy"に出演するそう。そして現在第二子妊娠中のクリス・スワンバーグ、今後の活躍に期待。


"Unexpected"キャスト陣と。

参考資料
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2015-sundance-filmmakers-35-kris-swanberg-had-a-dream-cast-and-crew-for-unexpected-20150127("Unexpected"インタビュー)
http://indie-outlook.com/2012/10/11/ciff-exclusive-kris-swanberg-on-empire-builder/("Empire Builder"時のインタビュー)
http://www.indiewire.com/article/sxsw_interview_it_was_great_but_i_was_ready_to_come_home._director_kris_swa(初監督作のインタビュー)
http://articles.chicagotribune.com/2011-08-05/news/chi-local-ice-cream-makers-could-be-shut-down-by-state-20110805_1_kris-swanberg-nice-cream-strawberry-syrup
http://www.chicagomag.com/Chicago-Magazine/The-312/August-2011/Bureaucracy-vs-Ice-Cream/
(アイス会社、閉鎖騒動について)

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