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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる

2014年はNYロマコメというジャンルを革新した作品が2つも現れた。1つはこのブログでも紹介したデジリー・アッカヴァン監督作「ハンパな私じゃダメかしら?」だ。イラン系アメリカ人でバイセクシャルという、今まで語られてこなかった声が映画として形になった意味でも、そして個人的にはこちらにグッときたのだが、恋愛をしたことのある者なら誰もが味わっただろう失恋の痛み、これが癒えていくプロセスをリアルかつ丁寧に描き出していった意味でも素晴らしい作品だった。ならばもう1つの革新的ロマコメ作品とは何か、それこそ今回紹介するGillian Robespierre監督作"Obvious Child"なのである。

Gillian Robespierreは1978年6月29日ニューヨークのブルックリンに生まれる。ニューヨーク・シティとボストンを行き来しながら、スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画・映像について学んでいた。2005年、卒業製作としてデビュー短編"Chunk"を監督、この作品は余りに太りすぎている子供たちが集められ強制的にダイエットをやらされる地獄のキャンプFat Campを舞台に、主人公のリズが体験するひと夏の青春を描いたコメディだという(imdbにすら載っていない)

その後、プロダクション・アシスタントとして映画界でのキャリアをスタート、リドリー・スコット監督作アメリカン・ギャングスターなどにも参加したという。その後、友人に薦められ全米監督協会に勤めることになる。前とは真逆で主に契約や交渉など映画作りに直接は関係のない仕事をこなしていたが、それはそれで楽しかったらしい。そして協会に勤務する傍ら、彼女は自分が作りたい映画のアイデアを溜め込んでいった。

Robespierre監督ははあるアイデアを映画にしたいと思い、その主人公にうってつけな俳優を探していた。そんな時に観たコメディクラブ"The Big Terrific Show"で正にうってつけのスタンダップ・コメディアンと出会う。彼女こそ後に"Obvious Child"の主演することとなるジェニー・スレイトだった。コロンビア大学在学中からコメディアンとしてキャリアを歩み始め約10年、スレイトは新たに俳優になりたいという夢を抱いていた。しかし高い金を払って演技教室に通うだとか、下らないオーディションに参加するだとか、そういった通りいっぺんの道は進みたくなかったという。そこにRobespierreのオファーがあった訳である。ここからプロジェクトは大きく動き出す。監督は友人のAnna BeanKaren Maineと共に脚本を書き上げ、ジェニー・スレイトを主演に起用し、2009年に短編版"Obvious Child"を完成させる。ストーリーはほぼ長編版と同じなので省くが、この作品は多くの映画祭で公開され好評価でもって迎えられた。さらにしばらくの間オンラインで無料配信され、様々な議論を呼んだという(現在はソフトに収録)しかし長編化については余り考えていなかったらしい。

"(長編化について)最初はそうしようと思っていませんでした。そんなマッド・サイエンティストみたいな考えはまだ私たちになかったんです。私たちはただ物語を語りたいとそう思っていただけですし、そもそも長編という形で語るには予算が足りませんでした(中略)ですが編集室でジェニーの演技を見ていてとても興奮したんです。こうして私たちがいるこの小さな世界からどう抜けだそうかとそんな会話が始まりました。私は「もっと大きな形でこの話を語れるんじゃ?」と、そう思いました。助けとなってくれたのは将来投資してくれるかもしれない人々に脚本ではなく、短編自体を見せられたことです。そうして日々が経ち、私は映画監督として、ジェニーは俳優として新しい道を歩み始めていて、そして思ったんです。今が完璧なタイミングだと"*1そしてRobespierre監督はキックスターターで出資を募り予算を集め、スレイトと共に長編版"Obvious Child"を完成させる。

「私はまんこが下着にやらかすあのことをずっと隠そうとしてた。ところで、あのことって何か分かる?」
スタンダップ・コメディアンのドナ・スターン(「ザ・ロンゲスト・ウィーク」ジェニー・スレイト)はこの日もお得意の下ネタ、ユダヤ教ネタ、さらに彼氏ネタを繰り出し笑いをかっさらっていた。だがその日の帰り、件の彼氏ライアンから一方的に別れを告げられてしまう。一気にドン底に落っこちたドナは赤ワインでバカ酔いするも、親友ネリー(「トランスペアレント」ギャビー・ホフマン)に慰められて何とか正気を保つのだが、翌日勤め先の書店の立ち退きが決定し、恋人も仕事も失うことに。そして涙目で元カレをストーカーして惨めな姿を晒し、舞台でもネタが盛大に滑りまくり、ドナはドン底どころか二番底三番底と凄い勢いで落っこちていく。そんな彼女は良い感じのシャツを着た良い感じの好青年マックス("The Office""Girls"ジェイク・レイシー)と出会う。良い感じの雰囲気が流れ、さらにマックスが良い感じにド派手なオナラをドナの顔面にブチ撒けたのがきっかけで、良い感じなワン・ナイト・ラブへ。しかし数週間後、ドナは自分が妊娠していることに気がつく。

「JUNO-ジュノ-」「無ケーカクの男 ノックド・アップ」さらに最近だと"The Young Kieslowski"や昨日ブログで取り上げたクリス・スワンバー監督作"Unexpected"など妊娠というテーマを扱ったロマコメは多くあるが、その殆どが出産することを選ぶ。しかしこの"Obvious Child"が上記の映画と一線を画しているのは、予期せぬ妊娠に対して主人公が中絶することを選ぶ所にある。

"この映画は幾つかの大きな人生の局面と、それでも人生はうまく行くのだということを描いています。私は、若い女性が妊娠することについての表現がほぼ限られているのに不満を感じていました。(このテーマについて)もっと誠実な映画、それか私の知る多くの話にもっと近い物語が見れるのをずっと待っていたんです。でもいつまで待てばいいのか途方にくれて、いっそ私たちが自分自身で語っていこうと決意しました"とRobespierreは語る。

「あの中絶をお願いしたいのですけど……いや、何か冷淡な感じに聞こえたらすみません……」
妊娠発覚後、ドナは中絶することを決意する。しかし妊娠してまだ日が浅いゆえに、2週間後のバレンタインデーまで施術を待つことになり、否応なく自分の人生を見つめ直さざるを得なくなる。監督はその道行きを様々に魅力的な人々との交流と共に描き出していく。まずはドナの離婚した両親、マペット職人の父ジェイコブ(バグズ・ライフリチャード・カインド)とは人生を語り、コメディアンの自分とは対照的にビジネススクールで講師をしているお堅い母ナンシー(ポリー・ドレイパー、今ブレイク中であるナット・ウルフの母)とは話すたびに現実を直視させられ辛くなるが、彼女の愛も知っている。コメディクラブでMCをやっている友人ジョーイ(Gabe Liedman, スレイトの長年の親友)と無二の親友ネリーとは腹を割って中絶について語り合うのだが、特に太眉がキュートなネリーとの友情は素敵な関係として描かれる。ドナが辛い時はいつも一緒にいてくれるが、辛くない時だって一緒にいてくれる、このブログでは折りに触れて何回も書いているが、女子の友情を瑞々しく描いていく映画はそれだけで素敵なものだ。そしてお人好し男マックスとの関係。会いに来たり、会いに行ったり、偶然会ったりする度にドナは自分が妊娠していて中絶するつもりだと言おうとするが、どうしても先伸ばしにしてしまう。更に人の良さがにじみ出るマックスの何気ない一言はドナを苦悩の渦に追いやることともなる。いったい自分はどうすればいいんだろう……

ドナはいまいちモラトリアムから抜け出せず人生をフラフラさまよう、いわゆる"大人こども"という存在だ。劇中でドナは何回も何回も泣いてしまう。元カレにフラれた時、中絶を決意した時、タクシーの中で電話しながらでも、その度に顔をくしゃっとさせて、うぇ……うぇぇ……と泣くのだ。いつもは結構ヘラヘラして舞台の上と同じように下ネタをペラペラ喋るが、だからこそドナがものすごく愛おしく思える瞬間が何度もある。これはRobespierreの脚本以上に主演であるスレイトの魅力がそうさせるのだろう。本職がスタンダップ・コメディアンなので劇中のネタは本人が実際に披露しているネタでもあるらしく、ドナ・スターンというキャラクターはスレイトという俳優と密接に関係している訳で、それが唯一無二の魅力として現れている所にグッとくるのだ。

先述の通り、昨日の記事ではクリス・スワンバーグ監督作"Unexpected"を取り上げた。教師と生徒という関係の2人が偶然同じ時期に妊娠したのがきっかけで、かけがえのない友情を深めていく作品だ。中絶については一言二言話されてそれで終わってしまう、そこはテーマの主眼ではない、出産するに向けて私たちは母親というアイデンティティーを含めどんな自分になっていけばいいのかとそんな洞察を深めていく。対して"Obvious Child"はドナは最初から中絶することを決めていて、それに対して周りの人々は中絶なんて!だとか言うことはない、決断するのはあなたなんだからと尊重してくれるし、その上で彼女は自分が何を選択すべきかを考えていく。この2つの作品から浮かび上がってくるのは"わたしのからだはわたしのもの"というテーマだ。出産することを選ぶ、中絶することを選ぶ、もちろんどちらが良くてどちらが悪いということではない、どちらもあなたが選択したのならそれは尊重されなければならないのだということを教えてくれる。その上での話としてRobespierreの言葉通り、中絶を語る物語の少なさがある。語られたとしても否定的なものが多く、出産と同様に尊重されるべき中絶が蔑ろにされている現状がある。監督はそんな現状でなかったことにされてしまう声を掬いとりこの"Obvious Child"を作ったのだ。そして中絶を経て人間的に成長したドナが迎えるのはとっても、とってもロマンティックな結末だ。中絶について真摯に描きだす、スイートなロマンティック・コメディを作る、"Obvious Child"はこの2つを最良の形で達成した作品なのだ。

"70代になっても(ジェニーと)2人で映画作りを続けられたら良いなって思うの"*2と話すRobespierre、次回作は離婚をテーマにしたコメディ映画ということで、それ以外情報がないのだがまたスレイトと組んでくれると信じてます、今後の2人の動向に期待ということでこの記事を終えることにする。


ジリアンとジェニー、2人は仲良し

参考文献
http://www.elle.com/culture/celebrities/news/a14874/gillian-robespierre-obvious-child-interview/(キャリア、好きな服について)
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2014-sundance-filmmakers-38-gillian-robespierre(Obviousをなぜ作る)
http://observer.com/2014/06/obvious-stars-the-nyc-origins-of-jenny-slate-and-gillian-robespierre/(Robespierre Slateの長い長いキャリアについて)
https://thedissolve.com/features/emerging/597-gillian-robespierre-and-jenny-slate-on-finding-obv/(Robespierre&スレイトWインタビュー)
http://bitchmagazine.org/post/obvious-child(短編版"Obvious Child"のレビュー)

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