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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?

さて前回のジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…の続きである。ジェームズ・ポンソルト監督は長編デビュー作"Off the Black"ではニック・ノルティを、長編2作目「スマッシュド〜ケイトのアルコール・ライフ」ではメアリー・エリザベス・ウィンステッドをアル中主人公に仕立てあげて物語を描いていてきた。では長編3作目であり、批評家からも観客からも絶賛を受けた"The Spectacular Now"はどうかと言えば、やっぱりまたアル中が主人公である、今回アル中になったのは「セッション」の大ヒットでようやく日本でも知名度を獲得し始めた二重アゴ界のカリスママイルズ・テラーだ。しかし前2作と"The Spectacular Now"とではその描き方がガラッと変わっていて、それも交えながらこの作品のレビューを書いていこうと思う。

主人公は18歳の高校生サター(フットルース 夢に向かって」マイルズ・テラー)、将来だとかそういうのどうでもいいわ!というスタンスで、毎日毎日パーティーに出掛けては酒を呑みまくり、パーティーに出掛けていない時でも酒を呑みまくる日々を送っていた。そんな彼にはキャサディ(「ダメ男がモテる本当の理由」ブリー・ラーソン)という恋人がいたが酒癖の悪さで別れる羽目になり、サイアクな気分を振り払うためとにかく酒を口にブチ込み、ファアアアアアアアアアアック!!!と車をブッ飛ばす…………「ねえ、ちょっと、あなた大丈夫?」そんな声に促され目を覚ますとそこは見知らぬ場所、そして目の前には見知らぬ少女。これがエイミー(アメリカン・ガール/フェリシティの冒険」シェイリーン・ウッドリー)との出会いだった。

エイミーは昔自分と同じクラスで、数学がかなり得意、好きなのはSFでNASAで働くのが将来の夢、サターはそんな彼女に惹かれていき、2人は徐々に距離を深めていくことになる。その一方でキャサディのことを気にする自分がいるのに、サターは気付いている。しかし彼はつい酒の勢いで以て、エイミーをプロムに誘ってしまう……

前作「スマッシュド」から1年しか経っていないが、この"The Spectacular Now"において、ポンソルト監督の演出は明らかに向上している。特に目を見張るのは長回しの巧みさだ。彼は主にサターがエイミーがコミュニケーションを取っているシークエンスを長回しで捉えるのだが、軽妙に繰り広げられる会話の数々、相手の話に対するリアクション、2人の表情が変わっていきその場に形成される雰囲気、親密な時もあれば険悪な時もありと、そんな風にして監督はコミュニケーションの移り変わりを丁寧にすくい取っていく。そしてあの場に流れる愛おしい空気感に、私たち観客は直に触れることになる。 そこにこそポンソルトの監督としての成熟が見えてくる。

しかしこの物語を味わおうとすると、何だこれは?と疑問符が浮かんできてしまう瞬間が何度もあると思う。何でこの二重アゴで全く冴えないのっぺり顔のマイルズ・テラーに冒頭から恋人がいて、即別れたかと思えばすぐエイミーと出会えて仲良くなって、というかキスに至るまで早すぎない?とか思ったら、何か元カノと二股かけようとしてない、何コイツ?さらに極めつけには、元カノ・キャシディと良い仲になりたいと思ってるマーカス(「エンドレス・ラブ〜17歳の止められない純愛」Dayo Okeniyi)、彼がフットボールの花形選手で且つ慈善事業にも積極的に参加するハンサムな青年なのだが、彼に「彼女が一緒にいて楽しいと思うのはお前で俺じゃない、何でだ、何でなんだ!」と詰め寄られ、サターは偉そうに「何言ってんだよ、お前はさ、自分を楽しめてないんだよ、お前スゲー奴なんだからそれ誇りに思って、堂々とお前であることを楽しめよ」とか言い、マーカスもマーカスで「おお、そうか……そっか、だよな、アドバイスありがとよ……」と爽やかに去っていく。こう、全編通じてサターは自信満々といった風体なのだ、他の青春映画では自分に自信が持てない少年少女が主人公になることが多い筈だが、サターはそれとは真逆で自信に満ち満ちているような印象を受ける。これに疑問符を浮かべながらも、しかし観客の頭の中でその溢れる自信がある存在と繋がっていく。

サターは冒頭から本当に酒を呑みまくる、酒を呑みまくる酒を呑みまくる呑みまくる呑みまくる呑みまくる。パーティーで呑み、自宅で呑み、バイト先では小さい瓶から盗み呑み、全編通じてずっと何かを呑んでいる。そしてエイミーと出会ってからは彼女にも酒を勧め、プレゼントにシップを贈り一緒に酒を呑んだりと、これってアル中夫婦がドン底を見る「スマッシュド」の前日譚ではないかと思えるほどだ。つまり、サターの自信はアルコールと繋がるのだ。

中学生・高校生の頃、自分は何だって出来るとそんな思いに駆られたことはないだろうか。自分は何でも出来る、全て思いのまま、友人に恵まれて、さらには恋人なんて掃いて捨てるほど超モッテモテ、学校のスゲー格好いい奴にも一目置かれる存在だし、自分って最高、最高じゃん!とそんな全能感を抱いたことはないだろうか。しかし所詮それは頭の中だけの空想、自分は平凡な人間、平凡な人間だよ……となるのがオチだが、もしその全能感が叶えられるとしたなら、そのためには別に悪魔と契約しなくてはとかそういうのはない、ただ酒を呑めばいい、ただ酒を呑み続ければ叶えられるとしたら……"The Spectacular Now"はそんな青春を描いていく、そのまま続けばどんな事態に陥るのか、ここでポンソルト監督の真価が発揮されることとなる………………………………とか思ったんだよ、途中までは。

さて、ここで結論を言ってしまうと"The Spectacular Now"はポンソルト監督の前二作から明らかに後退してしまった作品だ。中盤から物語がエイミーとの関係性の変化と共に描き出すのは、前半から匂わせていた父の不在についてだ。相も変わらず酒は呑み続けるが、アルコール中毒についての内省はほとんど存在しない。従ってアルコールの勢い=自信という図式が無条件に肯定されてしまう。それは前作の真逆を行くものだ、"Off the Black"において酒はニック・ノルティの人生を腐らせる物として描かれていたし「スマッシュド」はアルコール中毒が現実を見誤らせるもので、それが原因でぶっ壊れていく関係を痛烈に描いていた。だが"The Spectacular Now"には“アルコール中毒という恐怖”的視座が完全に欠けてしまっている。酒が呑めれば何とかなる!という無邪気さ。個人的な話になるが、自分も酒は頗る好きでかなりの深酒になることも多々あるし、毎日焼酎クソたくさん呑みまくりたいって願望がある、そんな自分にとって酒呑みまくったらヤバいことも多いけど、悪酔いして変な所で寝てたおかげで運命の出会いがあり、パートナーとも楽しく酒が呑みまくれたり、ラスト近くにも酒の勢いで行動できた場面もあり、酒さえ呑めば何だかんだ人生が良い方向に転がるって"The Spectacular Now"が描く世界は結構理想的だ、だけどそれを肯定できるかと言えばそんな訳がない、現実問題、末路は悲惨に決まっているしポンソルト監督もそれを描いていたはずなのだ。だからこそ何故この映画が生まれたのかが分からない。"The Spectacular Now"はそういう意味で、技術の成熟は明らかだが、思想は明らかに後退してしまった、そんな作品だ。[D]

かなり文句を言ったが、今後のポンソルト監督の動向には意外と期待している。"The Spectacular Now"以降、"Parenthood"「シェイムレス 俺たちに恥はない」などドラマ作品の監督をしてきたのだが、2015年ポンソルト監督は長編4作目"The End of The Tour"を監督する。

1996年、ローリングストーン誌の記者デヴィッド・リプスキー(「バッド・トリップ 100万個のエクスタシーを密輸した男」ジェシー・アイゼンバーグ)はとある小説家の宣伝ツアーに随行することとなる。小説家の名はデヴィッド・フォスター・ウォレス(「ハッピーニートジェイソン・シーゲル)、ポストモダン文学の旗手であった彼は後世に残る傑作"Infinite Jest"を刊行したばかりだった。ジャーナリストのリプスキー、小説家のウォレス、2人はツアーの間、文学について、愛について、笑いについて、信仰について様々な対話を繰り広げ、いつしかかけがえのない絆を育んでいく……デヴィッド・リプスキーの回想録を元に作られたこの作品、特にウォレスを演じるジェイソン・シーゲルが評価され、オスカーも夢ではないとまで言われている。アメリカでは7月31日公開、日本には、日本には……まあデヴィッド・フォスター・ウォレスの作品自体、日本では余り翻訳されていない故に望み薄な気はする、ということでお世話になります北米版iTunes!!!

更に2016年にはデイブ・エガースの同名小説を元にした長編第5作"The Circle"を監督、エマ・ワトソントム・ハンクス共演、ソーシャルネットワーク以降のディストピアを描いた作品。日本でも「ザ・サークル」というタイトルで邦訳されているので、先に読んでおくのも楽しいかもしれない。今回は2作ぶりにポンソルト自身が脚本を執筆するそうなので、そういう意味でもまた期待。ということで、まあ"The Spectacular Now"は個人的にアレだったが、ポンソルト監督の今後に注目である。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…