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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ハンナ・フィデル&「6年愛」/この6年間いったい何だったの?

ということで前回記事"ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める"からの続きである。フィデル監督は「女教師」がサンダンスでお披露目された時点で、イーディス・ウォートン"The Custom of The Country"を下敷きとした、リアリティ番組を舞台に1人の女性が名声を得る姿を描いた"That Girl On TV"という映画脚本を書いていた。が、何故かポシャってしまったらしい。(もしかしたらこのニュースが関係しているかもしれない)*1そういう訳で2014年を挟んで2015年、フィデル監督は「記憶探偵と鍵のかかった少女」タイッサ・ファーミガ「マンハッタンの恋人たち」ベン・ローゼンフィールドを起用し第3長編"6 Years"を監督する。

「ダンと付き合ってどのくらいになるの?」メラニー(ファーミガ)はそう聞かれる度こう答える。「もう6年になるの!」すると相手はいつだってこう返してくる「うっそ、6年も付き合ってんの?」大学時代からダン(ローゼンフィールド)と付き合い始めてもう6年、メラニー自身は倦怠感もなく楽しく付き合ってきたと思っている。だがこの頃どうもダンの何気ない行動にイラっときたりする。この前は彼がポルノを見てるのを知って、自分とのセックスは退屈なのかと問いただしてしまったり、彼との関係が少し変わってきているように思えて不安だ。一方でダンはレコード会社にインターンとして勤める日々を楽しんでいる。同僚のアマンダ(リンゼイ・バー、今回は助演)や上司のマーク(ジョシュア・レオナルド)と仕事仲間にも恵まれたのだが、そちらに意識が行ってしまい、メラニーの様子にも気づかない。

冒頭、Jacuzzi Boys"Blazin'"に乗せてダンとメラニーが湖に行ったり、極彩色のクラブで躍り狂ったりと休日を思う存分楽しみまくるシーン、ここに象徴されるように"6 Years"はファーミガとローゼンフィールドのために作られた映画といった感じだ。というかこの映画は2人の輝かしい若さをスクリーンに焼きつけておくためだけに作られたのでは?と思うほどだ。それ故か、前半は良くある恋人たちの倦怠期ものの定石をなぞるような薄い展開が続く。だが忘れないで欲しい、この映画の監督は「女教師」を作った、ミヒャエル・ハネケ大好きっ子ハンナ・フィデルであることを。

2人の関係性に波紋を投げかけるのはダンの同僚アマンダだ。サバサバした性格でインターンのダンをいつも気にかけてくれる存在。ある日ダンはメラニーを連れて職場のプールパーティーに出掛けるのだが、気分の悪くなったメラニーは途中退席、仕事に繋がる云々と理由をつけ1人パーティーに残ったダンにアマンダはあの質問をぶつける。「あの子と付きあってどのくらい?」「あー、6年ですかね」驚くアマンダと照れるダン。もうずっとシングルだからそういう状況全然想像つかない、物凄いプライベートな質問するんだけどさ、6年間同じ人とセックスするってどういう感じ?……そんな状況に流されて2人は唇と唇を…………アマンダを演じるリンゼイ・バージ、私の本当に好きな俳優なのだが(好きな理由はこの記事に)、彼女は映画に不穏さを運ぶ天才だ。フィデル監督が描く不穏さを完全に体現し、映画を引っ張っていく。"6 Years"では「女教師」よりもかなり明るいキャラだが、それでも彼女が生み出す波紋はかなり、強烈だ。

何気ない行動がきっかけでアマンダとのキスがメラニーにバレた時から、2人の愛は下り坂を転げ落ちていく。こう来たらもうフィデル監督の独壇場だ、若い2人は叫び声とその両腕で互いを傷つけていく。寄り添おうとしても彼/彼女の中に相容れない嫌悪感を見出だして、その心は劇的に離れていく。そこに降りかかるのはダンの正式な就職という転機、しかしオースティンから遠く離れたNYで。愛の試練は容赦なく2人を襲う。フィデル監督は彼らの前にある光を入念に1つ1つ潰していき、2人は本当に居たたまれない状況にまで追いつめられてしまう。そんな中で2人の愛はその瑞々しさを失わずにいられるのだろうか。

"6 Years"は若さと愛が混じりあう掛けがえのの無いひととき、高まるのも劇的なら転げ落ちるのも劇的な、未熟な愛の真実を軽やかに描き出していく。だが軽やかであるのは浅いことを意味しない、むしろその痛みは深く深く心を抉ることになるだろう。[B+]

日本版iTunes英語字幕つきの作品がレンタル、販売中。そう、この映画、iTunesで観れるんですよ。つまりハンナ・フィデル監督の長編、「女教師」も"6 Years"も観れるんですよ、日本で作品がほぼ観れる数少ない米インディー作家なんですよ、だから観てね!!!!って話です。(追記Netflixで日本語字幕つきで配信スルーが決定、ながら邦題は「6年愛」……「6年愛」って……)


撮影現場はこんな感じ。

フィデル監督、早くも次回作の計画が2つある。1つは新作短編"The Road"だ。ネイサンとリチャード、男2人のロードトリップはド酷いことに……というコメディ作品だという。出演は"6 Years"にも出演していたPeter Vackと脚本家も兼任しているCarson Mellの2人。フィデル監督は"The Road"についてこう語っている。

“今振り替えると「女教師」には1つ問題がありました。コメディ要素が足りないんです、人生というのは時々可笑しなことになるのに。それを心に留めて"6 Years"を作りました。いくつか明るくて、笑える瞬間があったと思うのですが、それは確信犯的に入れたものでした。

 実際私はコメディが作りたかったんです、リアルなコメディを。だから友人の脚本家Carson Mellと仕事を始めました、彼は"Eastbound & Down"(ダニー・マクブライド主演のコメディ)や、最近では"Silicon Valley"なんかも書いてます。今までの私の作品とは全く違うものになるでしょう、映画の舞台もアメリカの南西部です。Carsonはアリゾナ出身なので、多分もっと西へ旅することになると思います”

そして2作目は何と「女教師」のドラマ化である。HBOで放送予定、こちらではシェイムレス」の脚本家ダニー・ブロックルハーストとタッグを組んでいるが、こちらについてはこう語っている。

“今はパイロット版の脚本を書いています。ですが今回は主人公ダイアナの視点からだけでなく、コミュニティ全体に焦点を当てるようにしています(中略)正直に言えば(映画版と)全く同じとも驚くほど変わっているとも感じています。アンサンブル作品として機能させるならかなりの調節が必要だとは思っています。だからそんな世界に飛び込むのは楽しいし、興奮もしているんです。”*2

ということで、ということでハンナ・フィデル監督の今後にメタクソ期待である。


バージとフィデル、2人は仲良し。ドラマ版「女教師」は起用してくれるんでしょうか

参考文献
http://blogs.indiewire.com/theplaylist/interview-hannah-fidell-talks-6-years-bringing-a-teacher-to-hbo-and-more-20150818?
http://www.indiewire.com/article/meet-the-2013-sundance-filmmakers-hannah-fidell-explores-the-affair-of-a-teacher

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