鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ぜんぶ彼女のハンドルに託して「しあわせへのまわり道」

“中年女性がひょんなことから人生の半ばで道に迷ってしまうも、また新たな道を見つけて笑顔を浮かべながらその道を歩みはじめる”そんなキュートな映画が公開されるたび私は嬉しくてたまらなくなる。ただでさえ中年女性が主人公の映画なんて日本では公開されないので、感動もひとしおだ。今年はイザベル・ユペール主演の「間奏曲はパリで」が5月に公開されたがキュートでしみじみ心にしみる作品だった。今後もカミーユ、恋はふたたび」キャスリン・ハーン主演の「午後3時の女たち」aka"Afternoon Delight"が公開される訳だが、今回紹介するのは私の大好きな俳優パトリシア・クラークソンが主演しているイザベル・コイシェ監督作「しあわせへのまわり道」だ。この映画もとっても、とっても、とってもキュートで素敵な映画だった。

マンハッタンに暮らしている書評家のウェンディ(「ダーティーハリー4」「怨霊の森」パトリシア・クラークソン)、何不自由ない幸せな人生を送っていた……はずが夫のテッド(狂っちゃいないぜ」ジェイク・ウェバー)が浮気相手の元に逃げてしまい、人生はあっけなく崩壊。お酒にひたりながら、夫の思い出にすがり、だけど残るのは便器に浮かぶゲロだけ。娘のターシャ(「フランシス・ハ」グレイス・ガマー)も励ましてくれるのだが、彼女は遠くテキサスで農業を楽しんでいて、いつも会える訳ではない。そこで気づいたのは自分から娘に会いに行くには車が必要で、だけど自分は車の運転なんか出来ない!ということ。いったい自分はどうすればいい?

さてもう一人の主人公ダルワーン(「セクシー・ビースト」ベン・キングスレー)はインド人移民、昼間は運転のレッスン、夜はタクシー運転手をして暮らしていた。 ある日、彼のタクシーにギャーギャー喚きまくる男女が乗り込んできて、女性の方が何か荷物を置いていってしまう。彼は律儀に荷物を家まで届けに行くのだったが、それがウェンディとの出会いだった。

「運転を教えてほしいの」ウェンディはダルワーンにそう頼み込む。しかし頼み込んだら頼み込んだで、何か心が揺らいでしまい直前で断ってしまうのだが、そんな彼女をダルワーンは運転席に座らせる。ミラーを見て、エンジンをかけて、周りをまた確認して……初めてのことにまごまごしながらも、ダルワーンのリズムに乗せられて彼女はエンジンを踏む。そしてウェンディとダルワーンの運転レッスンは始まるのだった。

レッスンは苦難の連続だ。バックが上手く出来なかったり、橋を渡るのが怖かったり、いきなりバカガキ共に煽られたり……しかしその度ダルワーンはそのユーモアと教養で彼女に道を示してくれる。それはウェンディの人生にとっても道標となってくれる。かつて愛した人の忘れかた、かつて生きた過去との付き合いかた……そうしてウェンディのかたくなだった心をほどけていく。

一方で人生に悩み、道標を欲しがっているのはダルワーンも同じだ。インドからの移民で、頭にはターバン顔には濃いヒゲと、敬虔なシク教徒として文化と伝統を守りながら生きる彼に対して世間は辛辣だ。彼自身はアメリカ国籍を持って久しいが、ダルワーンの家に住む同じ故郷の人々はそうでなく、いつ移民局がやってくるか不安な日々を送らざるをえない。そしてお見合いで彼が結婚することになったジャスミーン(「カーマ・スートラ/愛の教科書」サリタ・チョウドリー)がアメリカにやってくるとまた話が複雑になっていく。アメリカに長く住んでいた彼にはジャスリーンと彼女が運んできた今のインドの文化を理解できない。同じインド人なのに分かり合えないもどかしさ、それがシク教徒の伝統と悪い意味で重なり、家父長制的な抑圧でもって彼女を苦しめてしまう。そんな彼にもやっぱり道標が必要で、ウェンディとダルワーンは共にかけがえのない存在になっていく。

そしてこの映画には第3の主人公がいて、それがニューヨークだ。イザベル・コイシェ監督は異なる文化と文化がまじりあう、そんなテーマの映画を作り続けてきたが、そのテーマには正にうってつけの街だろう。様々な文化が共に生きる街、そこには勿論明るい部分もあり暗い部分もある。コイシェ監督はそれをひっくるめてこの映画に描き出しながら、美しい街並みをウェンディとダルワーンの瞳に映していく。

でも、やっぱり一番の主役はウェンディと彼女を演じるパトリシア・クラークソンだ。この映画はもうパトリシア・クラークソンかわわ映画として、100000000000000000000000000000000000点くらい上げたくなる。笑って泣いて、アメリカ的としか言いようがない下ネタを嬉々として喋って、そしてまた泣いて運転して、一挙手一投足もうキュート、キュートキュート!そしてその中にも深い悲しみを感じさせるのだ。時が経つと共に年を取って、もう50代だけど良いことは増えるどころか、何でだか悲しいことがたくさん降りかかってくる、何回も泣きたくなって、実際泣いたりして……でも、それでも彼女は明るさを忘れない。それでも大丈夫だって思えるのは、道標のその先に光があるって信じられるから、そうして浮かべる最高の笑顔に勇気づけられる人は、本当にたくさんいると思うのだ。

最後に少し。日本はとにかく劣化だとか何だとか好き勝手な言葉がまかり通ってしまう、女性が老いることに対して物凄く厳しい社会で、そんな世界じゃ女性は年を取ることに恐怖を抱くことしか出来ないし、それはとても悲しいことだ。だから「しあわせへのまわり道」みたいに年を取るのは素敵なことだと肯定してくれる映画はとても有り難くて、そういう意味でも年を取ることに希望を持てない人々に見てほしいと心からそう思う。

それと同時に、こういう作品は“大人の”ラブストーリーだとか、とかく“大人の”という形容詞がついたり、もしかしたら主人公と同年代の方もこれを観て「若い人にこの映画の良さは分かんないかもなー」とか言うかもしれない。でも個人的には若い人も観てみて欲しいなと思う。この映画では50代の女性が人生につまずいて、悩んで、苦しんで、そして新たな道を見つけて、とそんな映画だけども、人生につまずいて悩むのは年を取った人だって若い人だって同じだ。確かに人生経験が少ないから分からない所もあるかもしれない、でも若い人も若いなりにこの映画を観て勇気づけられるっていうのは絶対にあると思うのだ、主人公が50代だからって自分が観るのはなーとかじゃなく、自分とは年も離れているのに共感できることがいっぱいある!ってそんな風にだってなるかもしれない。こういうのは年齢とかだけじゃなく、性別だとか、どれどれのジャンルが好きみたいな嗜好とかもあるが、私はそういうのを越えて皆に愛される魅力が「しあわせへのまわり道」にはあると思う。私にとっては本当に、本当に大切な作品なのだ。だから「しあわせへのまわり道」が公開されたら、本当みんな、みんなに見てほしいのだ。

8月28日(金)TOHO日本橋ほかで公開。