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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

以前このブログでWebシリーズ"FÉMININ/FÉMININ"を取り上げたことがあったが、その記事にこんなことを書いた。

“田舎町に住むノエミは友人にカムアウトしてはいるが、別にキスなんかしたことはないしと確信はない。そんなある日モントリオールにいる叔母ステフ(の元へ旅行に行くことになる。そこでステフの友人たちと出会い交流を果たす。その経験を通じてノエミは笑顔を浮かべながら「高校時代は本当に大切な時間だった、だって自分がレズビアンだって分かった時だから」とステフに言えるようになる”

シリーズ中、自分の中で一番印象的だったのがこのノエミというキャラクターだったのだけども、昨日観た作品の主演がそのノエミを演じている新鋭俳優だったのだ、何て偶然!この偶然を私が生かさない訳がない、ということで今回はケベックの新進俳優Julianne Côtéと彼女の初主演映画"Tu Dors Nicole"を紹介していこう。

まずは彼女のプロフィールを紹介すると1990年3月7日生まれの25歳、出身はカナダのケベック州、身長165cm、瞳も髪も茶色。ここからはインタビューも交えていこう、好きなアーティストはGabrielle Laila Tittley "彼女の絵が好きです。Ponyというブログをやっていて、しっぽがサボテンなネコの絵とかも載ってます。鮮やかな色彩で描かれたマンガチックな絵で、クズっぽさと可愛さがミックスされているのが素敵なんです" 好きなバンドはHuman Human "ドラムのOlivier Laroucheのおかげです。"Tu Dors Nicole "でドラムを叩くシーンがあるのですが、彼の音楽が助けになってくれました。メロディが美しくてアーケイド・ファイアだとかコールドプレイを思い出したりもします" そして他にも“ケンドリック・ラマータイラー・ザ・クリエイターみたいなアメリカのラップ・ミュージック”も好きらしい。好きな本はKatty Maureyと"Tu Dors Nicole"の監督でもあるステファヌ・ラフルールが描いた"Mon ami Bao"というコミック、Genevieve Pettersenが書いた小説"La déesse des mouches à feu"、好きなレストランはPierre et Pierreだそう。

キャリアとしては11歳の時、TVドラマ"Random"で子役としてデビューを飾り、2007年の"Les Etoiles filantes"のSoleil Labelle役で注目を集める。映画デビューは2004年の"Ma vie en cinémascope"、そして2007年には"Le Ring"に出演、12歳の少年と元プロレスラーの交流を描いたこの作品で彼女はヒロインを好演、話題を集めた。その後、短編"Déraciné"、コメディ番組"Virginie"、TVドラマ"En thérapie"を経て、2013年彼女はこのブログで何度も取り上げているChloé Robichaud監督のデビュー長編"Sarah prefere la course"に出演(このブログ記事を読もう)、だけども脇役で私もどこに出ていたか覚えていない……が、この作品でRobichaud監督に見出だされた彼女はWebシリーズ"FÉMININ/FÉMININ"に出演、個人的にもかなり印象的な役どころだった訳だが、そして2014年、彼女はステファヌ・ラフルール監督作"Tu Dors Nicole"で映画初主演を果たすこととなる。

水のせせらぎ、壁にはトラだとかそういう感じの動物の絵、ジャングルかぶれな部屋の中、ニコール(Julianne Côté)は目をつぶって、その時が来るのを待つのだが、いつまでたっても来てくれない。別に周りの状況がアレだとかそういうのじゃなく、いつだってこうなのだ。ニコールは諦めてベッドを這い出て部屋からも……「帰っちゃうのか?」名前も良く覚えていない男にそう聞かれる。「眠れないから」「また会えるかな?」「……何のために?」

ニコールは22歳、大学を卒業したはいいけども就職はしてない、とりあえずスーパーでバイトしながら日々プラップラと生きている。唯一の才能は洋服の袖口を縫うこと、資格も持ってるけど、それが何になるの?……さらに問題がもう1つ、いつからか彼女は全く眠れなくなってしまったのだ、もはや毎夜毎夜の徘徊は趣味みたいになってきてる。そんなある日、両親が旅行に行ってしまい、プールつきの無駄にデカい家には彼女1人、ということで親友のヴェロニーク“ヴェロ”(Catherine St-Laurent)を呼んで夏の気だるさを一緒にだるーっと楽しもうと思って実際呼んだのも束の間、「ブロンソン」の時のトム・ハーディみたいな兄貴レニ(Marc-André Grondin)がバンドメンバー――ベースのパット(Simon Larouche)と加入したばかりのドラマーJF(Francis La Haye、ラフルール監督の前作"En terrains connus"に主演)――を引き連れやってきて、家にはロックの爆音が響き渡ることに。何だかサイアクな感じ、そんな心配の通りニコールの夏はどんどん変な方向に転がっていく。

白黒の画面、妙に奥行きを感じさせる撮影、浮遊感を伴ったピコピコ劇伴、かと思えばビートに気合いの入りまくったロックの轟音、そしてボタンを1つかけ違えた世界観、"Tu Dors Nicole"の感触はものすごく奇妙で、観ている間たぶん、何だこれ……って疑問符が頭の中にフワフワと何度も浮かんでくるだろうけども、でもそれがかなり癖になってくる作品でもある。

序盤はニコールと親友ヴェロのゆるーくてシュールな日常風景が描かれていく。念願のクレジットカードを手に入れたニコール――その下りでああこの映画ってこういう映画なのね、と言葉でなく心で理解すると思うがそれは半分当たっていて、半分外れている――はヴェロと一緒にアイス屋に行って、さりげなくカードを差し出し親友の前で気取ったりなんかする。そしてアイス繋がりなのか2人でアイスランドに旅行に行こうかと話していると、マーティン(Godefroy Reding)という小学校入ったばっかりくらいのちびっこ少年が現れて「人生が過ぎていくのは、あっという間だ……」とか天を仰ぎながら大人びた(色んな意味で)セリフを残して自転車で去っていって「あの子、なかなかカッコよくない?」「はあ?」なんてヴェロとニコールが喋ったり、色々楽しい。

中盤、というか序盤の後半から兄貴たちが出てくる訳だが、ニコールとヴェロと3人の共同生活は何となくゆるいのと何となく居心地が悪いのが混ざりあって絶妙の空気感がある。兄貴は癇癪持ち、パットは妊娠中の妻を置いてけぼりの結構なクズ、ニコールにとって唯一良い印象なのは新加入のドラマーJFだ。彼が刻むドラムのビートは確かにクソうるさいんだけど、何故だか彼には惹かれる自分がいる。だけどもここでグラグラするのはヴェロとの友情だ、彼女は3人全員と上手くやっていてJFとも仲がいい、うーん何か、うーん、何か……そうしてニコールの心もグラついていく。

突然だがこの映画のタイトル"Tu Dors Nicole"というのは英語にすると"You're Sleeping Nicole"となる。タイトルが象徴するように、この"Tu Dors Nicole"には気だるい夏、扇風機の風に当たってまどろむ時に見る夢みたいな雰囲気が漂っている。主に編集技師として映画界でのキャリアを積み重ねてきたラフルール監督(「ぼくたちのムッシュ・ラザール」の編集は彼が担当)は映画のリズムを決めるのは編集だと熟知していて、ここではSophie Leblondと共に心地よい“間抜けさ”を宿らせている(そういえば以前取り上げた"Cop Car"にも似たリズムが流れている)でも面白いのがこのふわふわした夢みたいな物語の主人公が不眠症のニコールなことだ。夜の徘徊シーンは特に、ボタンを1つと言わず2つ3つかけ違えた世界が広がっている。犬のウンコとか、迷子になった車の運転手とか色々出てくる。それはニコールの心のグラつきも象徴していて面白い、面白いんだけど、この夢の物語は何だかかなり居たたまれない方向に行ってしまうのだ。

ここで鍵となるのがニコールを演じるJulianne Côtéだ。いつも不機嫌にぶすうっとして、まあ笑うとちょっとは口角が上がるけど、やっぱり顔は不満に膨らんだまま、そして頬にはソバカスだらけ。ちょっとミア・ワシコウスカも彷彿とさせる顔をしているのだが、そんなぶっちょう面はこの映画の要でもある。大学は卒業したけど定職つかないぺらっぺらなモラトリアムにどっぷり、確かに何かしたいんだけど、でも何していいのか全然分かんないって閉塞感があって、周り見ると仲間って思ってたヴェロもしゃんとして働いてるし、元カレのトミーは結婚するとか何とか、周りの同世代はしっかり地に足つけて頑張ってる。そんなのを目の当たりにすると、自分の何にも出来なさが嫌になって、というかそもそも何やればいいか今になっても全然分かんない不甲斐なさで不機嫌顔がどんどんどんどんどんどんどんどん……さっき書いていたゆるくてシュールな雰囲気はそのままなのに、世界に置いてかれるニコールの姿は居たたまれなくて、胸にくる、私の人生なんでこんなんなってんだろ……"Tu Dors Nicole"はそんな居たたまれなくて辛くて侘しい若さの寓話みたいな映画だ、何だか、何だかそんな映画なのだ[A-]

"Tu dors Nicole"カンヌ国際映画祭のある視点部門でプレミア上映、その後トロントハンブルクヨーテボリと世界中の映画祭を回り、2015年にはバンクーバー映画批評家協会賞でカナダ映画最高賞を、そしてJulianne Côtéは主演女優賞を獲得することとなる。今後としては映画出演の予定はないらしいが、現在コメディドラマ"Le chalet"にレギュラー出演中、映画出てくれないかなと思いつつJulianne Côtéの今後に期待。