鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ヴェトリ・マーラン&"Visaaranai"/タミル、踏み躙られる者たちの叫びを聞け

インド映画と聞くとやはりボリウッド、歌って踊ってランタイム余裕で2時間越えという印象だが実情はそんな単純なものではないらしい。多民族国家であるインドは地方・言語圏それぞれで映画産業が独立しており、ボリウッドというのもインド最大の都市ムンバイでの映画産業を指しており、使われている言語はヒンドゥー語とウルドゥー語である。以前少し紹介したスリランカ出身の映画監督Vimukthi Jayasundaraベンガル地方/ベンガル語で映画を製作している人物で、実際作風が全く違っていたりする。ということでヴェネチア国際映画祭特別編その13、今回はインド・タミル映画界で活躍するヴェトリ・マラーン監督とオリゾンティ部門初のタミル映画出品作"Interrogation"を紹介していこう。

ヴェトリ・マラーン Vetri Maraan は1975年9月4日、タミル・ナドゥール州のカダルールに生まれた。父は獣医学者のV.Chitravel、母は有名な小説家Megala Chitravelだという。小さな頃はラニペットに暮らし、プロのクリケット選手になるためチェンナイのYMCA社会体育専門学校で学ぶ。だが州のクリケットチームに選ばれなかったことから夢を諦め、1994年からはロヨラ大学で英文学を学び始める。1995年には英文学の修士学位も断念し、心機一転、彼は映画について学ぶため大学のヴィジュアル・コミュニケーション学科に足を踏み入れる。

1999年彼は助監督としてTV局に勤めはじめ、"Kadai Neram""Adhu Oru Kana Kaalam"など数々の番組を手掛ける。その一方で監督作の準備にも動きだし、脚本の執筆、主演俳優Dhanushの起用と計画を進めていくが、プロデューサーの降板などで暗礁に乗り上げかけるも、何とか製作を続行、2007年にマラーン監督は念願のデビュー長編"Polladhavan"を完成させる。ヴィットリオ・デ・シーカ自転車泥棒に着想を得た今作は、主人公の自転車が盗まれるという事件を軸に親子の絆、ギャングとの抗争、蔓延する違法薬物などなど様々なテーマを盛り込み、タミル・ナドゥール州の諸相を描き出す意欲作だという。この作品はVijay Awardで監督賞を含めた4部門を制覇、マラーン監督は一躍インドで名を馳せる。そして2011年には第2長編"Aadukalam"を監督、フィルムフェア賞南インド部門で作品賞、監督賞、音楽賞、男優賞、撮影賞の計5部門、南インド国際映画賞でも4部門授賞など前作にも増して高い評価を受ける。この後からしばらくはプロデューサー・脚本家として2013年には"Udhayam NH4"(両方)、"Naan Rajavaga Pogiren"(脚本のみ)、2014年は"Poriyaalaan""Kaakkaa Muttai"(共に製作のみ)を手掛け、2015年には第3長編"Visaaranai"を監督する。

現在、果てしない貧困から抜け出すために、タミルからアンドラ・プラデシュ州へと出稼ぎにやってくる若者たちは跡を絶たない。しかし彼らの希望はすぐに打ち砕かれる。タミルではタミル語アンドラではテルグ語と使われる言語が違うゆえに、意思の疎通が困難なことをまず思い知る。そして言語が違うということはまた文化にも違いがあり、同じ国にいながらタミルの人々は移民という異分子として差別される現状がある……そんなテロップが流れたのち物語は幕を開ける。

タミル移民のパンディ(Dinesh Ravi、マラーン監督の前2作でも主演)は夜が明ける前から起きて、仕事場へと向かう。店長にどやされながら、開店の準備をしているとそこに男たちが現れる。彼らがタミル人であることを知りパンディは喜ぶも、その中の1人が銃を持っているのに気づく、この周りで何かが起き始めているのを肌で感じながらも、彼にとっては目の前の生活の方が大事だ。そう思っていたのも束の間、今度はテルグ人の男が現れ、問答無用でパンディを捕らえる、車には彼の友人であるムルガン(Murgadoss)たちの姿もあった。何が起こっているか、訳も分からないまま彼らは警察署へと連行される。署内に飛び交うテルグ語、何を言っているかはかろうじて理解できるが、話すことは出来ないゆえに意思の疎通が図れない、そうして怯えるパンディたちに対し、警察官たちは情け容赦ない暴力を叩きつける。

棍棒が皮膚に降り下ろされた時の鈍い音、激痛にパンディたちが上げる悲鳴の数々、倒れたのなら蹴りすら加える残虐性、この余りにも直裁にすぎる暴力におそらく面食らうだろうが、まだこれは始まりに過ぎない。パンディたちはそのまま牢獄に収監され“お前らが盗んだんだろう?”“お前がやったんだろ?”と謂れのない罪状を突きつけられる。否定すれば、暴力の嵐に晒される。痛烈な苦難の釣瓶落とし、マーラン監督はここにおいてリアリティを放棄している。今現在でもこんなことがまだ起こっているんだ!そんな叫びを理性よりも感情に訴えかける演出だ、その感触は40〜50年も前に作られた映画のように粗野ながら力強く怒りに満ち溢れ、しかしだからこそ古めかしい荒唐無稽さをもそこに感じることになる、友人を守るためのパンディの自己犠牲は今を舞台に描くには単純すぎるのではないか?という問いが浮かんでは消えていく。

親しい者たちへの恐喝、虚偽の実況見聞の強制、パンディたちは外堀を埋められていき罪に肉薄していくが、彼らは諦めることなく苦難を耐え続ける。そして救いの手は差しのべられる。罪を決する裁判でテルグ語を話せず追い詰められるパンディの前に、あの夜、店で出会った男――ムドゥヴェル刑事(Samuthira Kani)が通訳として現れ、そして驚くほどあっさりと無罪を勝ち取ることとなる。パンディたちは喜ぶが、もうアンドラにいることは出来ない、かと言ってタミルに戻っても今度は本当に犯罪者として落ちぶれるしか道はない。しかしムドゥヴェルはパンディたちに掃除夫の仕事すら提供し、あの惨劇から一転、彼らはタミルの警察署で働くこととなる。

ここから"Visaaranai"は前半とは全く別の映画へと劇的にその姿を変えてしまう。時間は少し戻るが、そもそもムドゥヴェルがタミルの裁判所にいたのは、ある事件の重要参考人であるKKという男(Kishore Kumar)を連行するためだった。だが裁判にかけられる時間はムドゥヴェルにはない、それ故にパンディたちの助けを借りKKを拉致した後(この流れでパンディは掃除夫として雇われる訳だ)、ムドゥヴェルは署内で彼を尋問にかける。会話の節々からこの地で何かが起きようとしているというのが伺えるが、ハッキリはしない。だが会計審査役、選挙、反対陣営、そんな言葉から浮き上がるのはこの映画は一つの悪にではなくインドという社会のシステムへと刃を向けようしていることだ。

そう、前半は60年代、70年代の映画を彷彿とさせる率直な力強さに満ちていながら、後半はボーン三部作スティーヴン・ソダーバーグ諸作以降の“敵は個人ではなくシステムだ”という陰謀のスリラーへと変わってしまうのだ。マラーン監督の演出は急速にスピードを早め、タイトさを増していく。そしてS.Ramalingamの撮影は目の前で起きていることを全て残さなければならないという決意に満ちた物だったのが、1分1秒に移り変わる状況に追い付こうと、必死に人物を追い建物内をめぐる長回し主体のステディカム撮影へと変貌を遂げる。尋問の後、ムドゥヴェルたちはKKの処遇をめぐり激しい議論を繰り広げるが、そこでも杳として核心は見えてこない。私たちはただただ禍々しい何かの足音が響くのを耳に出来るだけ、それはパンディたちも同じでありながら、しかし彼らにとっては致命的だ。あれほどまでに強靭な心と肉体を称えられた英雄が、巨大なシステムの前には成す術もなく悲壮に追い詰められ、そして英雄であった筈のパンディは悟るのだ、あの夜、ムドゥヴェルと出会った時点でもう後戻りできない場所にいたのだと。

監督は今作についてこう語る。“作家のChandhra Kumarが警察に勾留された経験を元に書いた"Lock Up"という作品を読んだ時、私は彼の正義への叫びはまた、貧しく無力な移民たちの叫びであると思い立ったのです。いつか彼らの叫びが牢獄の壁を越えて誰かの耳に届くように、"Visaaranai"は私のそんな願いでもあります”

踏みにじられる者たちへの哀れみと踏みにじる者たちへの怒り、全く違う2つの作品はこの強い思いによって"Visaaranai"という作品として結実した。大胆なストーリーテリングが生み出す怒れる痛みは深く、深く、深く……[A]

私の好きな監督・俳優シリーズ
その1 Chloé Robichaud &"Sarah préfère la course"/カナダ映画界を駆け抜けて
その2 アンドレア・シュタカ&“Das Fräulein”/ユーゴスラビアの血と共に生きる
その3 ソスカ姉妹&「復讐」/女性監督とジャンル映画
その4 ロニ・エルカベッツ&"Gett, le procès de Viviane Amsalem"/イスラエルで結婚するとは、離婚するとは
その5 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その6 Lisa Langseth & "Till det som är vackert"/スウェーデン、性・権力・階級
その7 キャサリン・ウォーターストン&「援助交際ハイスクール」「トランス・ワールド」/「インヒアレント・ヴァイス」まで、長かった……
その8 Anne Zohra Berracherd & "Zwei Mütter"/同性カップルが子供を作るということ
その9 Talya Lavie & "Zero Motivation"/兵役をやりすごすカギは“やる気ゼロ”
その10 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その11 リンゼイ・バージ&"The Midnight Swim"/湖を行く石膏の鮫
その12 モハマド・ラスロフ&"Jazireh Ahani"/国とは船だ、沈み行く船だ
その13 ヴェロニカ・フランツ&"Ich Ser Ich Ser"/オーストリアの新たなる戦慄
その14 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その15 クリス・スワンバーグ&"Unexpected"/そして2人は母になる
その16 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その17 Marco Martins& "Alice"/彼女に取り残された世界で
その18 Ramon Zürcher&"Das merkwürdige Kätzchen"/映画の未来は奇妙な子猫と共に
その19 Noah Buchel&”Glass Chin”/米インディー界、孤高の禅僧
その20 ナナ・エクチミシヴィリ&「花咲くころ」/ジョージア、友情を引き裂くもの
その21 アンドレア・シュタカ&"Cure: The Life of Another"/わたしがあなたに、あなたをわたしに
その22 David Wnendt&"Feuchtgebiete"/アナルの痛みは青春の痛み
その23 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その24 Lisa Aschan &"Apflickorna"/彼女たちにあらかじめ定められた闘争
その25 ディートリッヒ・ブルッゲマン&「十字架の道行き」/とあるキリスト教徒の肖像
その26 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その27 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その28 セルハット・カラアスラン&"Bisqilet""Musa"/トルコ、それでも人生は続く
その29 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その30 Damian Marcano &"God Loves the Fighter"/トリニダード・トバゴ、神は闘う者を愛し給う
その31 Kacie Anning &"Fragments of Friday"Season 1/酒と女子と女子とオボロロロロロオロロロ……
その32 Roni Ezra &"9. April"/あの日、戦争が始まって
その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その5 アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/おお偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……
その6 ヴァヒド・ジャリルヴァンド&"Wednesday, May 9"/現代イランを望む小さな窓
その7 メルザック・アルアシュ&"Madame Courage"/アルジェリア、貧困は容赦なく奪い取る
その8 ペマ・ツェテン&"Tharlo"/チベット、時代に取り残される者たち
その9 ヨルゴス・ゾイス&"Interruption"/ギリシャの奇妙なる波、再び
その10 ハダル・モラグ&"Why hast thou forsaken me?"/性と暴力、灰色の火花
その11 アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ&"Mate-me por favor"/思春期は紫色か血の色か