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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように

新聞をつらつらと眺める、あなたはある記事に目を引かれる、誰かが亡くなったという記事、名前と年齢と亡くなった場所と、それから……冷ややかなリズム、この四角の中だけでは説明できるはずのない人生がその人にもあったはずなのに、あなたは少しだけそう思いながらも、視線を移し、他の記事に目を向けて、それを忘れてしまう……だけれど彼女はそうしなかった。ブリテン諸島映画作家たち第2弾、今回はイングランドの映画監督Carol Morleyと彼女の手掛けたドキュメンタリー作品"Dreams of a Life"を紹介していこう。

Carol Morleyは1966年1月14日にイングランドのチェシャー州ストックポートに生まれる。兄は有名な音楽ジャーナリストのPaul Morley。10代から音楽に目覚め、The Playgroundというバンドにも加わっていたが、16歳の時、本格的に歌手になることを決意し学校を自主退学する。時代はポストパンク全盛期、マンチェスターハシエンダというナイトクラブを根城に様々なバンドに参加した。しかし5年経ったある時、彼女はそんな生活に見切りをつけ一路ロンドンへ、そしてセントラル・セント・マーチンズ芸術大学で映画を学び始める。

彼女の監督デビューは1993年、卒業製作として作った短編2作、メロドラマの体裁を取った実験映画"Girl"とファストフード店でダベる若者グループを描いた"Second Daylight"でだった。卒業後も、小売店で働く店員たちが抱く退屈に焦点を当てた"I'm Not Here"(1994)、11歳の少女カレンが「パイレーツ・ロック」の元モデルであるDJトニー・バラックバーンと出会う劇映画"The Week Elvis Died"(1997)など短編映画を作り続け、そして2000年、彼女はプロデューサーであるCairo Cannonと自身の製作会社であるCAMP Filmsを設立し、中編ドキュメンタリー"The Alcohol Years"を監督する。この作品は80年代音楽シーンの狂騒っぷりと、正にその時代を歌手として生きながら、アルコール中毒に苦しんでいたMorley監督の人生模様を、「24アワー・パーティ・ピープル」を観ていた方にはお馴染みのハシエンダのオーナーだったトニー・ウィルソンらの証言で浮かび上がらせるドキュメンタリーで、メルボルン国際映画祭では短編ドキュメンタリー部門の作品賞を獲得する。

その後はやはり新聞記事の切りぬきを元に短編"Everyday Something"、十代の頃、監督と共にインドを旅した古い友人Catherine Corcoranと再びインドの地を行く姿を描いたドキュメンタリー"Return Trip"(共に2001年)、"Stalin My Neighbor"(2004)、携帯を使い1日で完成させた3分の短編"The Fear of Trilogy"(2004)、噛むことに異様にこだわってしまう強迫観念や抜毛癖などの強迫障害をテーマにした"The Madness of Dance"(共に2006年)をコンスタントに製作、 2010年には彼女にとって初の長編"Edge"を監督することとなる。とあるホテルに集まった6人の男女の姿を描き出すこの作品はどこかのサイトでは“映画監督は1つの名作を作るまでに何本もの忘れられるべき作品を作るものだが、この"Edge"は正にその一本だ”と書かれていた、ではその1つの名作というのが何であるかと言えば、翌年2011年に製作されたドキュメンタリー"Dreams of a Life"という訳である。

2006年東ロンドン、とあるアパートの一室で白骨化した死体が発見される。彼女はソファーの上に横たわり、周りにはクリスマスのプレゼントが散らばっていたという。名前はジョイス・キャロル・ヴィンセント、年は38歳。しかし1つ大きな謎があった、検死の結果明かされたのは彼女が死後3年も経っていたということだ。3年もの間、ジョイスは何故見つけられることがなかったのだろう……

「彼女とは同じ職場で働いていました」「あのマーティンが殺したんじゃないかって思ったよ」「ニュースを知った時はただただ悲しかった……」「喘息が原因だったのかも」「この謎は謎のままだろうな、もう1つのJFKって訳だ」Morley監督はジョイスと親交があった人々、かつての同僚、幼い頃の友人、友人以上であり恋人以上であったという者たち。最初の頃、彼らはジョイスの死について深い悲しみと共に振り返っていく、もう彼女の死から何年もの月日が経ってしまった、あのジョイスがどうしてこんなことに、そしてやはり彼らも"3年"という年月に驚きを隠せない。だが生前のジョイスの人柄や彼女との交流に話が移ると、人々はみな笑顔を浮かべて言うのだ、彼女は本当に素敵な人だったと。

俳優のZawe Ashtonジョイスを演じる再現映像と共に、ドキュメンタリーは進んでいく。ジョイスの着ていた美しいドレスについて、21歳の誕生会で赤毛の変態ダンサーが乱入してきた事件について、歌手を目指していた彼女の魅力的な声について――"Hi, I'm Joyce and That's nice"と、ある友人が録音していたその声を聞いた人々は、最初は驚きの声を上げながらもすぐに頬をほころばせ、その瞳にそれぞれのジョイスを映し、彼女との日々を懐かしむ。彼らの話から浮かび上がってくるのは笑顔を絶やさずいつも陽気だったジョイスの姿だ。だからこそ、ならどうして彼女は?という問いがいつもチラつき、そしてどうして自分とジョイスはいつの間に離ればなれになってしまったんだろう、そんな後悔混じりの疑問すら湧き上がってくる。

再び話が彼女の死へと近付いていくと共に、哀しみが少しずつ満ち始める。ジョイスの子供時代、インド系の血を継いでいた彼女の母、愛情深くジョイスを育ててくれた母はしかしジョイスが小さな頃に亡くなってしまった。残されたのはジョイスと4人の姉妹と、そして父。彼にたいして複雑な思いを抱きながらジョイスは成長する。そこから友人たちの記憶の断片を紡いでいく中で明らかになるのは、もう1人のジョイス、差し伸べられた手を掴むことを忘れてしまった彼女についてだ。子供時代のことが関係しているのかは分からない、彼女は他人を信じられなかったのか、それともいつも信じすぎていたのか、それも分からない。たった分かるのは、差し出されたその手を掴めず、彼女は追い詰められてしまったとただそれだけ。そしてマーティン――ジョイスと一番親しかった故に、友人からお前が殺したんだろ!とそんな冗談を言われていたあの人物だ――はこう呟く。「電話してくれたらって、今でも思うよ。助けるに決まってる、だって愛してるんだから」

"Dreams of a Life"はジョイス・ヴィンセントの死の真相を探る作品ではない、ジョイス・ヴィンセントという人物の人生を永遠に残すために作られた映画だ。この温もりの中で彼女が安らかに眠れることを願わずにはいられない。[A-]

さてこの作品は2011年製作だった訳だが、3年後の2014年には第3長編"The Falling"を監督している。70年代の女子寄宿舎を舞台にしたサイコスリラー少女ものなのだが、ブログの読者で過去記事から私の駄々漏れ嗜好を嗅ぎとっている方は、お前絶対この作品のが好きだろ!こっちレビューしろよ!と思う方もおられるかもしれない。私もレビューしようと思ったんだけども、北米版iTunesでまだこの作品7ドルレンタルなんだよ、5ドルに値下げするのをこっちも待ってるんだよ!という訳で多分、1ヶ月以内にはレビューするつもりなので、待ってろ次回!!!

参考文献
http://www.film4.com/reviews/2000/the-alcohol-years(The Alcohol Yearsについて)
https://vimeo.com/64496856
http://www.campfilms.co.uk/

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