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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"

まず映るのは少女の後ろ姿だ、赤毛を三つ編みにした彼女は、森の中の道筋をふらふらと歩く、カメラはその姿を追い続け、ふと彼女は携帯電話を取りだし、歩みは止めないまま何処かへ電話をかける、呼び出し音、呼び出し音、彼女はふらふらと歩く、呼び出し音、留守電に切り替わりお決まりの言葉が並べられる、少女は電話を切り、唐突に私たちへと視線を向ける、彼女のお腹は大きく膨らんでいる……そんな何処か不穏なシークエンスから幕を開けるのが、ドス黒い笑いとシビアな緊張感に満ちたネイサン・シルヴァーの第4長編"Uncertain Terms"だ。

舞台は森の奥深くに建てられた療養所、そこは10代で妊娠し、それぞれの事情から助けを求める少女たちのための施設だ。頭に緑のメッシュを入れているジーン(Tallie Medel)、チャーリー("It Felt Like Love" Gina Piersanti)、ブランディ(Adinah Dancyger)、ケミー(Hanna Gross)、そして冒頭の少女、赤毛とそばかすが特徴的なニーナ(India Menuez)たちが身を寄せあって暮らしている。そこに1人の男がやってくる、彼の名前はロビー(David Dahlbom)、施設を管理しているカーラ(Cindy Silver, 監督の実母)の甥であり、ロビーもまたある事情で都会からこの地にやってきたのだ。彼は雑用をこなしながら施設で暮らし始めるのだが、その存在は静かに少女たちの生活に波紋を投げ掛け始める。

この映画の第一印象は私含めおそらく、主人公がクリント・イーストウッドではない"白い肌の異常な夜"といった物ではないだろうか。人里離れた女性だけのコミュニティに謎めいた男が現れ波紋を広げると、確かにそのプロットは似ているだろう。だがここにはあの噎せ返るような情念はない、むしろその湿っぽさを巧妙に排しながら、物語は進んでいく。

序盤は少女たちの生活を丹念に描きながら、その姿が歩くような早さで変容していく状況をじっくりと描き出す。様々な事情――家族に見捨てられた、自分を妊娠させた少年が許せない――を抱えた彼女たちはお喋りをしながら洗濯物を畳み、傍目から見ると滑稽な運動をこなし、学校に通えない代わり、カーラに数学などを学ぶ。何の変哲もない日常、だが彼女たちの行動を注視すれば分かるはずだ、そこには微妙な力関係の存在していることが。それがロビーが現れたことによって顕在化し始める。

シルヴァーは今作の構想源についてこう語っている。"私の母は15歳の時に妊娠して、映画で観たような施設に贈られたんです。実際は監獄のような場所でしたが。今作ではそんな母が施設の担い手として、少女たちに自分が与えられることのなかった物を与えられる存在を演じて欲しかったんです。(脚本を担当する)クロエが前々から妊娠したティーンエイジャーたちについての作品を作りたかったというのも母の物語と上手く合いました。最初は少女は一人だけで、彼女と主人公が施設にやってきて母が赤ちゃんを世話するといった内容でした"*1

ランタイムは71分と、"Uncertain Terms"はかなりタイトな作りでありながら、その情報量は無駄に時間だけが引き伸ばされた作品よりも断然多い。象徴的なのはロビーたちが食事を囲むシーンだ。カーラが少女たちにある話をするのだが、監督の主眼はその内容にはない、彼の目はそれを聞く者たちに散らばる。ロビーに悪ふざけを仕掛けるジーン、何となく顔を見合う2人の少女、言葉以上にイメージの連なりがこのコミュニティの空気感を雄弁に示す。

そしてもう1つ重要な点がある。ロビーやカーラ、そして時折現れるもう一人の施設スタッフ・レニー(シルヴァー監督自身が演じる)など、大人たちの言葉の多くは直接的だ。つまり彼らの言葉は、今までの人生経験や熟慮に裏打ちされ、そこにはもちろん感情も介在するが、多くがそれ以外に解釈する余地の塗り潰された、たった1つの意味を媒介する物として語られる。だが少女たちの言葉は常に複層的だ、感情のままに放たれる言葉たちは、むしろ理性のフィルターを通さない故に、数々の意味を宿しているのだ。監督によるこういった演出の数々は、前文に書いた通りの"水面下の不穏さ"へと収斂する。

物語は徐々にロビー、ジーン、ニーナの三者に視点が絞られていく。ジーンはロビーの寝室へと侵入し、露骨な態度でセックスを持ちかけようとする。だが彼が少しずつ惹かれていっているのはニーナだ。彼女の恋人チェイス(Casey Drogin)は施設にいくどか尋ねには来るが、仕事もすぐに辞め妊娠させた責任も取ろうともしない。それでいてそんな青年を彼女は愛している、ロビーはこの状況にイラつきを覚えていた。こうして形成される三角関係はコミュニティを静かに腐らせる、そう静かにだ、劇的なことが起こる訳ではない、テン年代の空気感の要がここにある、何かは確実に起こっている筈だのに何かが起こっているようには見えない、そして崩壊が正に来たるその時ですらあっさりと処理され、観客は灰色の中に捨て置かれたまま物語は終わる。そういうことだ、つまりはそういうことなんだよ、"Uncertain Terms"という作品がもたらす暗闇から、そんな微かな声が耳に届く。

ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
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その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
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